第13話 セクシー悪役令嬢VS君を愛することはないマン
時は流れ、夜になった。
カイン・ザネシアン辺境伯は、本当に全然会いにこない。
こんな時間まで新妻を放置する夫に、マヤはちょっと怒っていた。
冷たく扱っておきながらさせてもらおうなどと、虫が良すぎるのではないかと。
前世は地球の日本国生まれであるマヤにとって、貴族の令嬢や妻としての責務などクソくらえである。
ヤリたければ、妻をその気にさせてみろという考え方だ。
「まったく、もう……。いきなり【ゾンビパウダー】の実験台にするのも気の毒だから、ちょっとサービスしてあげるつもりでいたのに……。ねえ、レイチェル」
「お嬢様。それはワタクシではなく、鏡です。暗い地下牢に籠って魔導書ばかり読んでいるから、近眼になってしまうのですよ」
現在マヤは、眼鏡を外している。
三つ編みも解き、ゆるくウェーブのかかった黒髪を下ろしていた。
こうなると、ゲーム内の悪役令嬢だったマヤ・ニアポリートそのものだ。
妖しい色香を、ムンムンと撒き散らしている。
恰好も、煽情的なベビードールだった。
これからゾンビにされる辺境伯に、目の保養をさせてやろうという慈悲である。
無論、本番行為にまで及ぶつもりはない。
「はあ……。お嬢様は胸もお尻も、相変わらず凄いですね。ワタクシの肉体も、もう少し盛っていただいて良かったのに……」
「程よく出ている、美乳・美尻じゃない。死体を提供してくれたコ達に、悪いでしょ? 贅沢言わないの」
レイチェル・オライムスの肉体は、若くして死んだ美しい娘達の死体を繋ぎ合わせて作られている。
死霊と化して彷徨っていた彼女達は、自分の死体を使って欲しいとマヤに申し出てきたのだ。
一部だけでも、若く美しかった肉体をこの世に残したいのだという。
ちなみにツギハギだらけの肉体は、操縦性が非常にじゃじゃ馬だ。
コントロールできるのは、レイチェルくらいのものである。
なので死霊の娘達は、自分が肉体を使いたいとは言わず成仏してしまった。
「……む。お嬢様。部屋の外で見張っている、死霊からの報告です。何者かが、廊下を歩いてくると」
「やっと来たわね、カイン・ザネシアン辺境伯。レイチェルは、屋根裏に隠れていて」
「かしこまりました」
答えるやいなや、レイチェルはフッと姿を消した。
空間魔法ではない。
気配の遮断と共に、目にも留まらぬ速度で動いたためである。
レイチェルが隠れてから、数秒後。
マヤの耳にも、足音が届いた。
しかし足音としては、何かがおかしい。
ズシャリ、ズシャリと重い金属音にも聞こえる。
やがて、客室のドアがノックされた。
乱暴ではないが、これもなんだか重量感のある音。
「どうぞ、お入りください」
マヤの言葉に応じて、ドアが開かれた。
カイン・ザネシアン辺境伯――であろうと思われる人物が、入室してくる。
マヤは再び眼鏡をかけ、辺境伯の姿をまじまじと観察した。
「お噂は、伺っておりましたが……。まさか初夜の晩まで、そんなお姿だとは……」
入ってきたのは、全身鎧に身を包んだ大男だった。
いや、男かどうかさえも判別できない。
フルフェイスの兜で、顔も全く見えないのだ。
辺境伯(?)は、沈黙していた。
マヤの姿を見つめたまま、ピクリとも動かない。
視線の向きも分からないので、本当に見つめているのかは不明だが。
互いに沈黙している中でも、マヤの心には余裕があった。
辺境伯が何かしてきても、屋根裏のレイチェルを呼べば無力化できる。
拘束して、【ゾンビパウダー】を飲ませてしまえばいい。
余裕はマヤを、挑発行動へと走らせた。
「あら? 私の身体は、言葉を失うほど魅力的ですか? うふふ……。旦那様は、意外と女慣れしていないのですね」
自らの両肩に手をあてて、しなを作って見せるマヤ。
そんな彼女から、辺境伯は素早く顔を背けた。
『俺の格好など、どうでもいいことだろう』
辺境伯の声は、普通の肉声ではなかった。
魔導具か何かで、変化させている。
くぐもった合成音だ。
「どうでもよくは、ありません。鎧を脱がなくては、男女の営みができないではありませんか」
『そんなことはしない。君を愛することはない』
マヤは小さく噴き出してしまった。
地球の兄が書いていた恋愛小説に、出てくる台詞と同じだ。
兄は言っていた。
初夜の晩に『君を愛することはない』と拒絶されてから、誤解が解けて溺愛されるようになるお話が最近の流行りなのだと。
辺境伯が、「男女の営みは愛し合う者同士で行うもの」という考え方なのも微笑ましい。
「世継ぎを作るのは、貴族とその妻の義務」とは思っていないのだ。
「乱暴者」という噂とは、ずいぶん印象が違う。
『何が可笑しい?』
「いえ……。旦那様は、純粋な方なのですね。愛がなくとも、性交渉はできますが?」
『色香などに、騙されるものか。君には、ギルバート殿下の息がかかっているのだろう? ニアポリート侯爵は、第1王子派のはずだ』
ようやくマヤは、合点がいった。
辺境伯がマヤとの性交渉を拒むのも、クレイグをはじめとする使用人達の態度が冷たいのも。
『第1王子派は、ザネシアン辺境伯家の武力が欲しいのだろう? 派閥に組み入れることができれば、王位継承は磐石なものになるからな。あるいは辺境伯軍の反乱や、独立を警戒しているのか……』
「ああ……。そういう……。全く考えておりませんでした」
本当に、全くだ。
この結婚は、キアラ・ブリスコーによるマヤの追放と嫌がらせだけが目的だと思い込んでしまっていた。
ごく普通の政略結婚としての側面を、マヤは失念していたのだ。
ザネシアン辺境伯家は強大な武力と影響力を持ちながら、王家とは1歩距離を置いている。
自派閥の貴族と結びつきが強まれば、ギルバート王子の立太子を阻める者はいなくなるだろう。
『とぼけるのか? まあいい。さすがに王家からの縁談だから、実家に追い返したりはしない。だが君との間に、子供を作るつもりはない。我が家では余計なことをせず、大人しくしていてもらおうか? マヤ・ニアポリート嬢』
「かしこまりました、旦那様。……ところで本当に、夜の営みはしなくてよろしいのですか? 避妊の方法など、いくらでもありますよ?」
マヤは豊満な胸を腕で寄せ上げ、谷間を強調してみせた。
一瞬チラリと視線を向けてしまった辺境伯だが、すぐにまたそっぽを向く。
『くどいぞ! 色仕掛けには、屈さぬ! クッ……。地味で野暮ったい女だと、聞いていたのに……』
全身鎧の下で、カイン・ザネシアン辺境伯は何かと必死に戦っているようだった。
『いいか? ザネシアン辺境伯家は、王国の盾だ。国を脅かす者達に対しては全力で戦うが、それは王国に生きる民のため。王家に尻尾を振ることはない』
辺境伯はマヤをズビシ! と指差して宣言すると、客室を出て行ってしまった。
何だかぎこちない歩き方で。
「ふーむ。あの歩き方……。そして魔力の流れ……。ひょっとして、鎧の下は……。レイチェル、聞こえてる?」
コンコンと、天井を叩く音で返事があった。
「配下の不死者を、何人使っても構わないわ。私の旦那様について、徹底的に調べなさい。辺境伯家に仕える、使用人達の情報も集めるのよ。このままじゃ居心地が悪いから、この城を掌握するわ」
今度はコンッと、短い打音。
「了解しました」という、レイチェルからの合図だ。
マヤは窓際まで歩み寄った。
夜空の明るい月を見上げながら、彼女は妖艶な表情で呟く。
「ふふふ……。余計なことをするなと言われれば、余計なことをしたくなるのが人という生き物です。新妻に構ってくれない、旦那様が悪いのですよ?」
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