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亡き将軍のための宴

京都に来た信長の敵は、他の戦国武将だけじゃない。

強い権力を持つ寺院と神社、噂に敏感な京の住民たち。

21世紀の日本から転生してきた美月は信長のもとでどんな食を提案するのか?

 先代の将軍・足利義輝(あしかがよしてる)の霊をなぐさめるため、宴をもよおすべし。

 さもなければ、先代の将軍が京に祟りをなす。

 伏見稲荷の神様が、そんなお告げをしたらしい。

 京に都が置かれるよりもずっと前から信仰されている伏見稲荷のお告げなので、京の人たちは本気で噂している。

 今朝買い物に行った市場でも、店先でこんな話をしてた。

「前の将軍さん、恨みを持ってはるんやなあ、やっぱり」

「ひどい死に方やったらしいわぁ。たった十一歳で将軍さんにならはって、家臣の裏切りでよってたかって斬られたんやて」

 頼んだかわらけ――使い捨ての盃――を包んでもらう間、わたしは黙って噂を聞いてた。死んだ人が恨んで祟るなんて、しょうもないなと思いながら。

 なぜそう思うか。

 わたしは二十一世紀の日本から転生してきたからだ。琵琶湖のそばで武士の三女に産まれて、嫁に出すところがないから信長様の侍女にしようか――って両親が相談してるのを聞いてショックで熱出して寝込んだら、前世をおぼろげながら思い出したというわけ。

 熱にうなされながら、走る自動車だとかパソコンのキーボードだとか現代の事物が次々頭に浮かんでた。

 何だこの運命、平和なところにいたのにひどい! って叫んだら、おじいさんぽい声が聞こえてきた。

《すまぬ。人の世があまりに長く続いて、時間の神が手違いをしてしもうたのだ》

 その声が時間の神様本人だったのか、天使だったのか悪魔だったのか分からない。

 だけど一応、今の「信長様の侍女」って立場をわたしは気に入っている。信長様は気さくな人で、茶会で余った果物を侍女たちに分けてくれる。

 毎日ってわけにはいかないけど蒸し風呂に入れるし、お湯で体を洗えるし、信長様に仕える小姓たちは美形ぞろいだから。

 まあ、むやみに小姓たちといちゃついたら、風紀を乱した罪で斬られちゃうんだけどね。「かわらけ五十枚、藁で包みましたえ」

 噂話をしていた店の主が、待っていたわたしに声をかけた。しゃべりながらも手を動かしていたようだ。

「ありがとうございます。お代金です」

 わたしが銀の小さな粒を一つ手渡すと、店の主は愛想良く頭を下げた。

「毎度、おおきに。またお願いしますて、信長様に言うといておくれやす」

 信長様は今の将軍である義昭(よしあき)様を連れて京に来たばかりだけど、商人からの受けは悪くないと思う。今みたいに、ツケにせずその場で代金を払うからだ。

「さ、宿所に戻りましょっか」

 わたしは五十枚のかわらけが包まれた藁包みを抱え、護衛としてついてきてくれた小姓に目配せした。十六歳だけれど、長身のせいで同い年のわたしよりも少し年上に見える。

 まあ、二十一世紀にいた頃も合わせると確実にわたしの方が年上なんだけど。

「美月どのは、怖くないのですか。先ほどの話はかなり不穏でしたが」

 小姓が丁寧な口調で聞いた。美月という名前に比べてわたしの容姿は平凡そのものなのだが、この人はいつも紳士的だ。この時代に「紳士」って言っても分かってもらえないだろうけど。

「ぜんぜん怖くないって言ったら嘘になるけど、うーん」

 お告げだの祟りだの、非科学的で相手にしてられない……なんて、戦国時代の人に言えるわけない。

「信長様も、怖がっておられないようです。あのお方は神仏の力を信じていないと言ったら嘘になりますが」

 わたしの言い方を真似てから、小姓はニヤリと笑う。

「そうだな、神仏の力を信じすぎないよう気をつけておられるように、この夜風丸(よかぜまる)には思えます」

 夜風丸という名は、信長様が付けたらしい。十歳で小姓になった彼の幼名がすごく普通だったのが気に入らなかったみたいで、「これからは夜風丸と名乗るがいい」と改名してしまったそうだ。親も従ったらしい。ぶっ飛んでる。

「戦国時代ならそんなもんか……」

「何か? 美月殿」

「いえ。この噂について、信長様に聞いてみましょう」

「はて。ご興味を示されますかねえ」

「今の将軍を擁立して京へお入りになったのは、信長様ですよ。前の将軍が祟るという噂、真には受けずとも、対処せねばならぬとお考えなのではないでしょうか」

「なるほど。美月殿は、ご実家で武家の考え方をしっかり学んでこられたのですね」

「はは……。両親から、はい……」

 歴史の教科書で読みました、とは言えない。言えるわけがない。信長公は本能寺の変で亡くなる、ってことも。

「美月殿」

 夜風丸が背をかがめてわたしの顔を覗きこむ。近い近い! 美形が近すぎるのは視覚への暴力!

「もしよろしければ、荷物を持ちましょうか」

「え? この、藁包みのこと?」

 かわらけは素焼きの焼き物で、金属類に比べれば軽い。一応運べる。

「おなごの細腕では、そろそろ疲れてくる頃かと」 

「ほ、ほほほ、厨で鍛えておりますから!」

 わたしは前世の記憶を持っている。

 記憶がよみがえって病床から起き上がった時から、二十一世紀の医学と公衆衛生学にもとづいて健康に気をつけてきた。

 可能な限り栄養バランスに気を配り、周辺の情勢が不透明であろうときっちり睡眠を取り、食後には筋トレをした。

 おかげで健康優良侍女になれた。

 なお、腿上げをしているのを他の侍女に見られて「踊りですか?」と聞かれた時には「足腰を鍛える技で、実家で教わったのです」と答えた。それがきっかけで「美月殿は子どもの頃から足腰を鍛える技を磨いている」と評判になり、鉈での薪割りを任されるようになり、薪を割るフォームが美しいと信長様に褒められ、たびたびお声をかけていただけるようになった。人生、何が起こるか分からない。

「優しいですね、美月殿。人に負担をかけまいとなさって」

「あら。腰に帯びたその太刀で護衛をなさるのが夜風丸殿のお仕事ですもの。私の荷物を持っていたら、いざと言う時に戦えませんよ?」

「そうでした」

 腹に力のこもった声で、夜風丸は言った。

「美月殿は私と同い年だというのに、本当にしっかりしておられます。私もかくありたいものです」

「ほ、ほほほ……」

 ごめんね夜風丸殿。わたし、前世の記憶は結構おぼろげだけれど、確実に十五年はあなたより余分に人間やってるんだ。

 気持ちのいい風が東から吹いてくる。

 前世で知ったのと同じ、大の字を描いた山に緑が輝いていた。








あまり歴史の知識がなくても大丈夫な感じで行きます。代表作の『婚約破棄された精霊使い令嬢は辺境の第七王子に溺愛される』(完結)もよろしくお願いいたします。こちらは異世界恋愛ものです。

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