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モリカワールド  作者:
孤独な少女と皇子様編
9/30

第8話 龍に会う!

「大きな建物ね……」


 楼を見上げるさくらが呟いた。

 パン屋のおやじへの怒りで我を忘れそうになったモリカだったが、さくらの言葉に楼を見上げて≪確かにそうだ≫と気を鎮める。これまで見てきた店はこじんまりとした物が多く街並みはその集合体で成り立っていた。しかしこの天楼はたった一つでどかんと複数の階層をぶち抜いている。

 門の辺りは客と従業員らしき者達で賑わい、各階の窓からも騒ぐ声が届いてきた。


「なるほど。確かに人は多そうですね。とにかく入ってみましょうか」

「そうね」


 虹の後ろにさくらがついて行きモリカ達も続く。客を中へ案内していた、獣耳の生えた少年が気付き近寄って来る。

 鮮やかな赤髪と同じ色の耳と尻尾。異界感ある和服アレンジの衣装。モリカは知っていた。


「タクだ……!」


 昔構想を練った物語の一キャラクターである。犬をモチーフにした彼はさくらとも虹とも異なる世界の住人で、とある龍が統べる遊幻廓という健全に宴会ばかり繰り返している場所にて、永遠に来ないだろう迎えを待ちながら働く戦争孤児だ。


「いらっしゃい! 四人だな。どうぞ!」


 溌剌とした案内に導かれ、中へ入る。そこには白豹の耳と尻尾を持つ少女がいた。


「リクだ……!」


 タクの幼馴染にして同じ境遇のキャラクターである。

 作者たるモリカとしては、この二人がいるならばあと一人黒猫の少年がいる筈なのだが、そう上手くは現れず少し残念に思う。

 そんな事は知る由もないリクは物静かで淑やかな彼女らしい所作で頭を下げた。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 どうやら座敷まで案内してくれるらしいが、目的はそれではないので自分達の用事を告げる。


「ごめんなさい、違うの。ここの店主に訊きたいことがあって来たの」

「楼主様に?」


 彼女の口から楼主という言葉を聞くと、モリカには思い浮かぶ存在がいた。それは遊幻廓を統べる若龍。高く結んだ赤い結紐が映える、蒼穹を思わせる髪に翡翠のような瞳。タク達とはまた違った和モチーフの衣装に身を包む快活な青年。

 しかし黒猫の少年の例があるので、期待はしないように、と己を言い聞かせたところで張りのあるよく通る声が奥から響いた。


「オレに用かい」


 片手を挙げるその姿はまさに今しがたモリカが思い浮かべたもの。空想の中の存在だった彼が、肉体を伴って彼女の前に現れた。


「テイエンだ…!! ピュノ、テイエンがいる!!」

「テンション高過ぎて気持ち悪いですの」

「だってわたしの創った子が目の前にいるんだよ!」

「おやじの群れもモリカの作品ですの」


 謎マスコットが何か言っているがモリカは気にせず龍が近付いてくるのを待った。髪も藍色の衣装も赤漆塗りの様式によく映えている。

 すぐ側に来れば特徴的な爬虫類の瞳がきちんと再現されていた。


「どちらさんだ?」


 アポなしの来訪にも関わらず彼は嫌な顔一つ見せず、モリカ達を見つめて問い掛ける。それに虹が答えた。


「突然のことで申し訳ありません。私は虹。こちらはモリカとピュノ、そしてさくらです。恐縮なのですが、こちらのさくらの事でお訊きしたく参りました」

「おれはテイエンランだ。よろしくな。まぁ上がってくれ。リク、悪いが茶を頼めるか」

「はい」

「天楼へようこそ。虹、モリカ、ピュノ。さくら」


 テイエンが帽子を脱いでいるさくらの頭を撫でる。それをさくらは、いきなりレディの頭を撫でるなんて、と若干嫌がったが、テイエンは気にした様子なく≪失礼した≫と笑った。彼はさくらの仲間の一人となる予定だった人物である。

 人が好きな龍はモリカ達を歓迎してくれたのであった。



「……ふぅん。なるほどなぁ」


 案内された来客用の部屋でテイエンに事情を話したところ、彼はそう呟いて深く息を吐いた。

 宴会を繰り広げていた煌びやかな座敷と違い、落ち着いた暗い色合いのレトロモダンな洋室。その椅子から前のめりになっていた彼は、そのままの姿勢で対面のさくらに声を掛けた。


「もう少しで客の入りが増えてくる時間だ。一緒に座敷を回って何か知ってそうな御仁を探すか。もちろん酒飲みが嫌なら待ってても良いぜ」

「ううん、行くわ。わたしのことだもの」


 部屋の外はそれは騒がしかったのだが、厚い扉はきっちりとその音を締め出してくれてお互いの声がよく聞こえる。さくらの気丈な返事にテイエンは満足げな表情をした。

 窓がないために空が見えないけれど、この店で客の入りが増える時間ということは、いつの間にか夕暮れ時になっていたらしい。ここまで奔走してきて時の流れなどモリカは忘れていた。


「ようし、軽く飯食ったら行くか!」


 テイエンの合図で運ばれてきたのはそう、和食。この世界に和食が存在していたのである。籠に盛られた湯気を立てる物にモリカの心は釘付けになる。


「天麩羅だー!」

「お。よく知ってるな。この街の住人はパン以外の食事に疎くていけねぇ。あんたはよく分かってる。たんと食べてくれよ」


 モリカは口が裂けても言えなかった。街を支配されているといってもいい程に並ぶパン屋の元凶が、己の頭の中であるなんて。


「たくさん召し上がってね」


 料理を運んできたリクがさくらに声を掛ける。そういえば二人は歳が近いだけでなく、孤児という境遇も一緒だと思い至るモリカ。リクだけではない。以前考えていた遊幻廓に住まう者は、誰も彼もが孤独な者達だった。

 行き場のない者達が来る筈もない迎えを待つ場所。待ち人をいつでも盛大にもてなせるように、宴を開き続けながら。

 いつか孤独に苛まれて異形となるその日まで。

 龍はそんな憐れな彼等の守り役。


「美味しい」


 汁物に口を付けたさくらが頬を薄紅に染めた。この場の誰もが穏やかに笑っているけれど、設定ではその裏に深い悲哀が潜むのをモリカは知っている。知っていて、良いと思っていた。

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