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モリカワールド  作者:
孤独な少女と皇子様編
7/30

第6話 胸が痛む!

「決めたわ。わたし、さくらパンとお紅茶にする。ミルクが良い」


 と、モリカを見てさくらが嬉しそうに笑う。仮扱いとはいえ己を名付けた者の前で、その名が入った物を選び、頬を染めるのだ。


「可愛い……」


 あまりに愛しくてこっそり涙を拭った。モリカにとって、自らが創りしキャラクターとは我が子同然である。かつての設定ではこんなにいじらしい子が悲運を背負い戦う予定だったのだ。

 結局その物語は始まることはなかったけれど。

 放り出した物語の人物達が目の前で生きている。興奮と、後ろめたさと。煮え切らない、複雑な心境で熱くなる目を誤魔化そうとモリカはメニューを食い入るように見つめた。


「わたしは食パンとミルクにする」

「食パン?」


 何故かさくらと虹の声が重なった。モリカは食パンに目がない。


「ええと、では……決まりました。すみません」


 虹が先程のウェイターを呼ぶ。


「虹は何にしたの?」


 彼の好むパンなど考えたことがないとモリカは思い至った。パンどころか味の好みさえ。とにかく彼は自分を拾った男の他に執着するものが何もない、空っぽともいえる設定であったから。しかもその男からは駒にされている。


「ブリオッシュと紅茶にしました」

「へえ。あっさりした物が好きなんだね」


 やって来たウェイターに虹が注文を告げ、メニューが下げられる。

 外の賑わいに反して店内の人はまばらで落ち着けた。息を吐いてソファに深く腰掛けるモリカ。柔らかくて身体が心地良く沈む上質なソファ。その居心地を堪能していると、さくらが申し訳なさを潜ませた、歳に不相応な微笑みを見せる。


「疲れたわよね。……本当にありがとう、モリカ。虹も。あの時しばらくあそこで沈んでいたと思うけれど、あなた達だけが声を掛けてくれたわ」


 何て事を言わせてしまったのか。モリカは己の不甲斐なさに鈍器で頭を殴られた心地がした。


「ち、違うよ! ソファが気持ち良くって堪能してただけ! わたしがさくらの力になりたくてやってるんだから、さくらは気にしないで良いの! ね、虹」

「そうですよ。さくら、実は私も記憶がないのです。ですから他人事とは思えなかった。それだけです」


 虹の告げたそれは言葉こそ簡潔で、淡白に感じられるけれど。


「あなたも、記憶がないの」


 驚きに唖然とするさくら。その顔に落ちた髪を、虹は、それは丁寧に耳に掛けてあげた。


「ええ。この名も本物ではありません。旅の途中、袖を振り合った方に頂いたもの。どうです? 少しは私へ心を……寄せられましたか」


 彼の心は陽だまりのように柔らかく、温かい。他者の為なら己を顧みることもしない健気な皇子様。それはモリカの目に痛ましくも映った。理解していながらそう作ったのだ。

 さくらの未来だったかもしれない姿として。

 だから、思惑通りのキャラクターとなっているのだ。


(なんかわたしって、酷い?)


 しかし重い過去を秘めるキャラクターは多くの人にとって魅力的に映るだろう。それを上手く使えば。


(そういや今かこうとしてる話も重い過去持ちが多め?)


 睦まじく微笑い合う二人を前に、ピュノに問題視された彼等を思い返すモリカ。ピュノ曰く怒っているらしい。

 ここにきてようやくその意味を考えようとしたモリカのもとに、ウェイターが現れた。


「お待たせしました。さくらパンと紅茶、食パンとミルク、ブリオッシュと紅茶、クリームパンとクリームソーダですの!」


 例の奴と謎マスコットである。


「いつの間に……!」

「ボクを置いてくなんてひどいですの! あ、ココで良いですの。お世話になったですの。頑張るですの!」


 奴の肩に乗っていたピュノが虹の隣にぽすんと座る。謎のメッセージを貰った奴は四人の注文品を安定感のある所作で並べると、ぺこりと頭を下げ奥へ消えていった。


「ど、ど、どういうこと…?」

「ココの喫茶店で新米パン職人として雇ってもらえるコトになったですの! ほら、見てみるです。特訓してるですの!」


 ピュノが示す方へ行き、こっそり厨房を覗き見る。そこには師匠と思しきおやじ指導のもとパン生地を叩き付ける奴がいた。


「そうだ! もっとだ! もっと熱くなれ! 灼熱の鼓動を轟かせろ! おまえの一手が熱を呼ぶ! ほとばしれ紅焔! おまえのビートが生命(いのち)を吹き込むのだアアァ!!」


 喫茶店と世界観が合っていない。

 颯爽と席へ戻ったモリカに虹が不思議そうに問うてきた。


「お知り合いがいましたか?」

「いません」


 ――そうこうして、休憩を終えたモリカ達は店を出る。虹が支えてくれた扉をモリカが何気なく潜った時だった。外側の入り口付近、ウェルカムボードの裏側にひっそりとある小さな影を目に留めたのは。


「……?」


 薄暗さと相まって正体が掴めない。少し腰を折ってそれを覗き込んだモリカは、次の瞬間締まるかと思う強さで首根っこを引き摺り上げられた。


「何してるですの……!!」

「げほ、げほ! なに……ごっほ!」


 突然の乱暴に不服を唱えるモリカ。ピュノは辺りを警戒するかのように見回した後、彼女の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえてはならないといった音量で囁いた。


「それはまさしく敵組織の痕跡。気を付けるですの……!!」

「――!!」


 そういえば最初にピュノが何か可笑しな事を言っていたと思い出すモリカ。あれがこの伏線だったとは、阿保を言っていると完全に流してしまっていた。


「どうしたのモリカ!」 

「あ、ごめん。大丈夫大丈夫。ちょっとむせただけ……」


 さくら達を咄嗟に誤魔化したモリカ。咳払いをして、先を促しながら今しがた見た物をひっそりと思い返した。

 黒い長方形の薄い物に巻かれた無数の白い粒。整った美しい正三角形。……おにぎり。

 ――敵とは、何だ。この世界は大丈夫なのか。一体どうなっているのだ。

 モリカの疑問に答えるものは、いない。

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