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モリカワールド  作者:
孤独な少女と皇子様編
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第3話 少女と皇子に会う!

 東屋から歩くこと数分。道壁の向こうが建物以外は空しか見えないことを不思議に思ったモリカは、何気なく外側を覗き込んでみた。するとそこに見えたのは、文字通り一面の≪空≫。空しかなかったのである。下には海すらない。

 落ちたら終わる。

 人影の少ない裏通りのようなここはもともと涼しかったが、それが拍車を掛けて薄寒くさえ感じた。やはりここは異界。死が迎えに来る前に何とか穏便に帰りたいと考えるモリカ。


「見てみるです。あの二人、何だか訳ありな雰囲気ですの」

「うーん?」


 ピュノが示したのは建物の薄い陰が落ちるちょっとした休憩所。背後の建物がその空間の所だけ凹んだ造りとなっていて、こちらからすれば道の途中で右奥にその場所が現れる。それなりの大きさの木を囲むベンチ付近に二人の人の姿があった。

 帽子から出た、肩よりやや下の淡い桜色の髪が微風に遊ばれている。その一部は両耳の後ろで特徴的な二つのシニヨンとして結ばれ、合わせるとまるで桜の花びらのように見えるヘアスタイル。裕福な家庭の子女を思わせる白を基調とした制服に身を包む、小学生くらいの女の子はベンチに腰掛け俯いている。

 そしてもう一人、しっとりとした黒髪に鮮やかな羽飾りが映える青年がその少女の前に膝を突いていた。赤を基調とする衣装は所々に色彩豊かな差し色がなされ、まるで虹のよう。

 二人共顔が見えないがモリカには一目見てピンときた。そう、己の創りしキャラクター達である。


「さくらと虹だ!!」


 さくらとは現在モリカが書こうとしている異界を渡る物語の基となったキャラクター。昔、このさくらを主人公として似たような話を書こうとしたのであった。虹はその物語において一つの鍵となる存在。同じ境遇でありながら敵として対立する二人は、二人きりの時だけありのままで話が出来る切ない関係なのである。


「やばい……生のさくらと虹だ……」

「初めて推しを見たオタクみたいな反応してないでさっさと行くですの! まだ後があるですよ!」

「わ、わー!」


 乱暴な謎マスコットに首根っこを掴まれて二人のもとへと放り投げられたモリカ。ただでさえ運動神経が良くない彼女は、突然のことに反応が取れず足を躓かせる。そして無様に顎と床がキスをした。唇は守られた。

 そろりと目蓋を上げると、さくらと虹が不審な眼差しで己を見ている。


「……へへ」


 誤魔化すつもりで浮かべた笑みは、いっそう訝しんだ目を向けられただけであった。


「どなたでしょうか」


 警戒からだろう、冷たい声色の虹。彼は立ち上がりさくらを背に庇った。

 声色は冷たくとも声質は甘い。マスクも甘い。天涯孤独だった彼を拾った男に尽くし、男の為ならば手段は選ばない彼だが生来の心根は清廉で、男さえ関わらなければ丸腰の者に手を出したりなど決してしない。ましてあからさまに戦えない己になど。

 作者故の確信があるからこそモリカはこの状況でも恐怖はなかった。尚、焦りはたっぷりとある。


「お二人が何だか悩んでるようだったから、気になってお声を掛けようとしたですの」

「ピュノ!」


 モリカを投げ飛ばした元凶が平然とのたまった。


「モリカはとろくさくて、転んじゃったですの。びっくりさせてごめんなさいですの」


 モリカは怨みを込めて奴を視線で射抜こうとしたが、謎マスコットは見ちゃいなかった。


「……そうでしたか。それは失礼いたしました。ご令嬢、お手を」


 虹が膝を突き、黒手袋を嵌めた手が差し伸べられる。支えられ立ち上がった後、彼は再び跪いて一言≪失礼≫と口にすると、土埃をモリカの身体には触れないように払ってくれた。


「皇子様……」

「ふふ、私はただの旅人です。そのように高貴な者ではありませんが、光栄ですね」


 彼はそう言うが、実は皇子なのである。ただし、亡国の。脚によって祖国の世界を失った際、徐々に記憶を喪失していき、最終的に何もかもを忘却の彼方へ追いやってしまったのだ。そこで男に拾われた。

 記憶が消えた訳ではないというところがミソであるが、結局彼が祖国を取り戻すことも記憶を取り戻すこともないのが予定していた結末である。


「ボクはピュノ。こっちはモリカ。もしかして、何かお困りですの?」


 しおらしい様子でピュノが問い掛ける。自分への態度とは大違いだとぶすくれるモリカ。


「私は虹と申します。こちらの少女は……記憶がないようでして、己の名すら分からないようです」

「え!」


 モリカが思わず上げた声は、おそらく虹とさくらには記憶喪失に対する反応と捉えられたであろう。しかし違った。作者たるモリカにとって、さくらが名前すら分からない程に記憶喪失なのは、あり得ない事態であった。

 昔に考えていた設定では彼女の素性については二案ある。

 一つは正しく故郷の世界出身者で、世界の消滅と共に虹同様に徐々に記憶を失っていく恐怖に藻搔くもの。ただし全て失う前に世界を取り戻すのである。

 もう一つはそもそも全く異なる世界の出身者で、記憶を失わない代わりにその真実に打ちひしがれるというもの。つまり、いずれにしても完全なる記憶喪失はあり得ないのであった。

 ≪何故このような事態になっているのか≫。

 ピュノに訊きたくても本人を前にしては出来なかった。


「今しがた偶然にも彼女と出会い、保護者の方を探そうとしていたところなのです」

「そうだったの……」


 彼女の髪も瞳も、スカートのデザインも色味も、全てがその名を物語っているというのに。彼女の記憶の中にはもう、その花の名前すら無いようだ。


「わたしも一緒に探す! ね、良いかな?」


 モリカを見上げる彼女の隣へ腰掛けた。吊りがちな可愛い瞳が窺っている。こんな状況に陥ってもその芯の強さは失われていないように感じられた。


「とりあえず、さくらって呼んでも良い? 貴女の髪や瞳と同じ色をした花の名前だよ」


 そう言われた本人は自分の毛先を摘んで眺めた。小さな手は傷一つないどころか爪先まで磨き上げられている。

 ずっと物言わずにいた可憐な唇が、ようやく言葉を紡ぎ出した。


「良いわ。わたしはさくらよ。ありがとう、モリカ」


 自分で創っておいてなんだが本当に二人は美しい。端麗だ。清廉だ。品が良い。素晴らしい。

 心の中で自画自賛を連ねるモリカをピュノが感じの悪い目で見ているがどうでも良かった。

 こうして、四人で街中にて聞き込みを開始する。しかし事はそう上手くは運ばなかった。

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