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モリカワールド  作者:
筋肉地区台頭編
28/30

第27話 六道脱獄記憶喪失青年!!

「これよりは驕れることなく心身共に邁進するのだぞ。お前達の筋肉なぞまだまだひよっこ。日進月歩、日々の営みの中に努力を見出してこそ成果はついてくる」

「押忍!! 師匠!!」


 闘技場へ着いた時は勝利するイメージが湧かなかったモリカであったが、ぽちゃやぷりちー太(と、おやじーズ)、異界物語のパーティメンバー、師匠の活躍によって形勢を覆し、逆転勝ちへと至った。そして現在、この場の多くのむちむちが投降するばかりかパン職人のおやじを師と仰ぐ事態となっていた。

 ここまで厳しい戦いであったが、仲間達のおかげで乗り越えることが出来た幸運にモリカは感謝する。

 そして改めて事の発端となったキャラクター達を見た。

 所謂ギャグ補正か知らないが、いかなる攻撃手段であってもだいたい打撃ダメージと化す現象のおかげで互いに切り傷はない。しかし手負いと呼べる状態にはなったむちむちに彼等は手を貸していた。

 モリカに不満を募らせ、この世界へ呼び出した四人。


(……四人?)


 その一人一人の姿を確認して、モリカは唐突に違和感を覚える。

 旅する少年少女の味方は、何人だっただろうか。


(――一人、足りない)


 彼女がその事実に至った時、空から聞き覚えのある、あの耳障りなハウリングが鼓膜を騒がした。


『やれやれ、まったくこれだから虫共は……虫虫虫、君達は実にうじ虫だ。無限に湧いてくる底なしのカスだ。嘆かわしい。こんなモノが満たす世界、実に無価値だ』


 開口散々な言い草である。


『もう良い。僕が愚かだった。結局全ては等しくクズでドブの泥浚いだったんだ。もはやこれ以上の足掻きは無意味』


 奴は空に浮いていた。逆光に浮かび上がるシルエットが緩やかに降りて来る。細身で漆黒。拡声器以外は何も持っている様子はない。それが観客席の高さになって初めて、その全貌があらわになった。


「や、やはりそうだったですの……!!」


 ピュノが彼の姿を見て驚愕の声を上げる。

 それは麗しい美青年が、薄紅の形良い唇を開いた。


「全部僕が、終わらせてあげるよ」


 ≪六道脱獄記憶喪失青年

 かつては六道の中で解脱を目指し励んでいたが、いつしかいつの世もあり続ける争いと繰り返す生に疲れ、いっそ己が全ての頂点に君臨し、争いのない世界を作ってやろうと考える。しかしそれは、争いどころか意思の許されぬディストピアだった。

 さらに筋肉地区利用の策は実は敵組織に吹き込まれたもの。彼自身が他者を利用したつもりが、踊らされているに過ぎないのであった……≫。


 悲痛な人物設定がでかでかと大衆に晒される。師匠に続き、これもモリカにとって全く身に覚えがない設定であった。それも衝撃だが、それよりも実は彼が敵組織に踊らされているだけなどという、とんでもないネタバラシがされている方がショック、というのが正直なところであった。露呈もいいところである。しかもディストピアどころか世界そのものを終わらせる方向に悪化している。

 六道青年のぶっ飛んだ思考回路に緊迫する現場。その中で最初に口を開いたのは風来坊だった。


「待たれよ、青年。世界を壊されれば親友に逢えなくなる。拙は困る」


 モリカが予想したよりもだいぶ個人的な理由であった。彼に感化されたように次に口を開いたのは美女。


「今度ピュノちゃんと≪パンdeパン≫でカフェデートなんだけど。アタシも困る」


 もう異界パーティは誰も口を開かないで欲しい。そんなモリカの願いも虚しく、今度は少年元帥が言葉のナイフを投げ掛ける。


「いい歳してお子ちゃまですか? 自分の思い通りにならないから全部壊すって、とっくに卒業しているはずのお歳ですよ」


 もう本当にやめてあげて欲しい。モリカは切に思ったが、止めるより早く王女が可愛くあどけない声で六道青年の心臓を刺しにいく。


「ばぶちゃんなのね」


 一体これは、何なのであろうか。

 六道青年の悲痛な過去に異界パーティ内での感動劇が始まるのだとモリカは思っていた。始まらなかった。

 散々どころかあまりに無情な事態。数多の憐れみの眼差しが送られる中、苦しげに胸を押さえていた六道青年は息も絶え絶えの声で主張を返した。


「ぼ、僕はッ……争いのない、世界、を……ッ」

「よしんば意思だけ奪ったとしても美味なるパンは食えなくなるぞい。ハートが重要だからな」


 パン屋のおやじも何か言っている。大体みんな何か言ったので、モリカもそろそろ言葉を掛けようとするが上手く出てこない。好き放題言った面々の所為であった。掛けてあげるべき優しい言葉が、浮かんでこない。


「というかどこから来たのさ、アンタ」

「ずっと観覧席にむちむちと一緒に座ってたですの!」


 要らん事を言うでない、謎マスコット。

 もはや六道青年は涙を流してべそべそ泣いている。その姿を見ればやるせない想いが胸を満たし、モリカも悔しくて泣いた。

 間違いは正せないのだろうか? 人はやり直せないのだろうか?

 今のところ彼の罪は、無差別筋肉陳列罪と筋肉脅迫罪くらいである。……いや、筋肉暴行罪もあったか。

 彼は疲れているのだ。繰り返す生に、なくならない争いに、その心は擦り切れて。それでも彼なりにより良い方へ世界を導こうと考えたのだ。頑張っているのだ。

 その孤独な戦いを続ける彼にモリカが何を言ってあげられるだろうか。彼の運命を根本から変えると言ってやれば喜ぶだろうか。でもそうすると、今こうして苦しんでいる六道青年は何処へ行くのだろう。その手段は本当に、救済となるのだろうか。

 今の彼にモリカが掛けてあげられる言葉は。下手な気遣いでも何でもない純粋な真実は。それは。


「――だ、大好き、だよ」


 モリカの足りないミソで一生懸命考えた言葉が、闘技場に響き渡る。泣きべそが止まり、辺りは静寂に包まれた。

 緊張で声が震える。これが正解なのか、モリカには分からない。けれど深く深く傷付いた姿に言わずにはいられなかった。

 きみが好きだ。大好きだ。独りきりで思い詰めないで欲しい。悲しまないで欲しい。苦しまないで欲しい。たくさんたくさん、笑って欲しい。

 まだ一言言っただけなのに、もう胸がいっぱいで上手く続きが紡げない。それでもモリカは伝えるのをやめなかった。どんな境遇の中にいても、自分だけは絶対の愛を注ぎ続けているのだと。


「どこにいても。何をしていても。わたしはきみ達を愛してる。きみを、愛してる。いつだって想ってる」

「……君は傍には、いてくれないじゃないか」

「……こっちにおいでよ。そこにいても、きっと幸せには、なれないよ」


 モリカが差し伸べた両手に六道青年は顔を歪めた。


「幸せなんて儚いものさ。瞬く間に消えるものだ。生きることは苦しむこと。苦しいばかりの世界なんて……消えてしまえば良い」

「それでもきみは幸せを諦めてない。だから街を変えようとしたの。争いを失くして、少しでもマシな世界にしようとしたんだよ。本当は、諦めたくないんでしょう? 幸せになりたいんでしょう? 誰だってそうだもん。幸せに、なりたいもん」


 拒否の表情を浮かべながらも徐々に徐々に降りて来る六道青年。近付くにつれてその顔のあどけなさが窺えた。まるで迷子の子供のようだった。それを見て、モリカの愛が爆発する。


「大好きなの。わたし、馬鹿で色々やりたい放題しちゃったけど、やっぱり笑ってて欲しいの。みんなの笑顔が好きだって思ったの!!」

「モリカ……」


 初めて六道青年が彼女を呼んだ。逢ったばかりでも感じる。繋がる縁を、絆を。


「何だろう、この気持ちは。きみを見ていると何か思い出しそうになる。温かで、優しくて、甘くて。ずっとずーっと昔、僕を大切にしてくれていた何かがいたような、そんな気がする。僕はどうして輪廻に囚われているんだろう。いつから繰り返していたんだろう。ぼく、どうして」

「おいで、わたしの愛しい子、大切なきみ!」

「――モリカ!!」


 ついに六道青年がモリカへ向けて腕を広げた。想いが通じ合った瞬間である。

 抱き留めようと待つモリカと降り立とうとする六道青年。その距離あとぷりちー太五人分程。ずっと苦しげだったその顔に笑顔が浮かんで、そして。

 蒼天色の龍がその身を咥えて過ぎ去った。テイエンランである。


「モリカー!」


 聞き慣れた愛らしい声と共に上空から四つの影が降下する。高さなど物ともせず、さくらと虹、シュンプーがしなやかに着地した。そして虹の肩にはエウティミオが寄生していた。


「遅くなってごめんなさい! 加勢に来たわよ!」


 意気揚々と拳を握り込むさくらの制服には少々の血飛沫が付着していた。

 空ではそれは大きな龍がうろうろと円を描いている。おそらくモリカが襲われていると勘違いして、取り敢えず咥えたは良いものの、如何にすべきか扱いに困っているのだろう。テイエンは噛み殺したりしない温厚な龍であるから。そして下手に降ろせば無類の強さを誇る少女がうっかり仕留めかねないから。


「えっと、あのね…ひとまずね」


 ≪彼を解放してあげて欲しい≫。

 渾身の想いを込めて、モリカは空へ向かい声を張り上げたのだった。

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