第26話 集結した!
「イ~イ雰囲気のところ悪いが、まだまだ戦いは終わっちゃいないぜ」
聞き慣れない声に反射的に前を向いた二人。そこには未だ闘志の衰えぬむちむち軍団が、筋トレグッズや筋トレランチを手に立ちはだかっていた。
黒光りする肌は眩しくこちらの意気をじりじりと削いでいく。どちらかといえば不摂生な生活を送り気味のモリカには、筋トレグッズやストイックな食も恐れの対象だった。
そうだ、まだ、ハウリング青年を倒していない。思い至ったモリカをぷりちー太がその背に庇い、ピュノは後ろに下り、おやじーズがその両側で思い思いに尻を魅せた。
もう諦めたりしない。信じ合える仲間がいるから。共に戦える友がいるから。
その瞳に闘志の炎を燃やし、むちむち団を睨むモリカ。そんな彼女に呼応するように、モリカの前にサッと四つの影が割り込んできた。
花のように可憐な幼い少女、笠を深く被り刀を差している男、妖艶な雰囲気の美女、そして白い軍服の少年。
まさかという思いでモリカはその背を見つめる。たくさんの筋肉を前にしても少しも怯まないその強さ。確かなエピソードでその実力に太鼓判を押された歴戦の戦士達。
ピュノがくりると舞い昂揚した声ではしゃいだ。
「ようやく彼等がモリカを認めたですの!」
「ど、どういうこと? っていうかぷりちー太といい、どうやって来たの。階段は崩れちゃったのに」
「電車で来たですの!」
「え!? いつ来たの? っていうか電車ここにも停まるの。何で黙って筋肉地区の入り口で降車したの!?」
「ぽちゃを召喚したあたりですの! 何事にも順序は必要ですの!」
「ワシもおるぞい!!」
「だっ、誰!?」
二人の掛け合いに頭を捻じ込んできた見知らぬおやじに打ち震えるモリカ。けれど一瞬にしてその姿がとある人物と被る。パン職人姿の見るからに熱そうなおやじ。そう、さくらと虹と入った喫茶店でぷりちー太にパン作りを教え込んでいた、あのおやじである。
「師匠ー!?」
「パンの道は一日にして成らず。パンの道も一歩から。パンの道は全てに通ず」
パンパン喧しいおやじが現れた。
「人は間違うけれど、やり直せる生き物だって聞いたの。罪を犯す者もいれば、贖う者もいる。森の聲を聴くことのできる人間もいるって、ワタシ知ったの」
「人として扱われたことなど一度としてなかった。ただ殺すための道具だった。それを、あいつだけは。あいつの生死を確かめるまでは、俺は死ねない」
「アタシに歯向かおうってのかい? 命知らずな坊や達だ。アタシがどれだけ殺してきたか、知らないのかい。ピュノちゃん見てるんだよ~♡」
「各駅停車はとにかく遅い。誘い込んだつもりかもしれないけれど、残念ながら逃げ場をなくしたのはそちらの方だよ。君達の干涸びる未来が見える……このボクが来たのだからね」
少し殺意の高い者もいたが、どうやら共に戦ってくれるらしい様子。各々の武器を構え自信に満ちた佇まいでむちむち団と相対する。その光景はもはや個性の坩堝、胸焼け必至の闇鍋であった。
無言の睨み合いに一筋の汗が流れるモリカ。鼓動が煩い。いやに時の流れが遅く感じる。
その玉のような滴が顎を伝い、地に落ちた時、何処からともなく開戦の法螺貝が鳴り響いた。
「自然の恵を思い知りなさい!」
≪妖精族の王女
千年目にしてようやく生まれた久方ぶりの子供。既に大人を超える魔力を持ち、かつて森を伐採に来た人間達をたった一人で撃退した過去を持つ。人間嫌いだったが少年と出逢い、人をもっと見てみようと考えるようになる≫。
ピュノの星ステッキが火を噴いた。王女の魔術に合わせて紹介文が舞台上部に大きく浮かぶ。かつてたった一人で森に分け入る人間達を退けた経験があるなら、当然このくらい訳ないだろう。
「殺しはしない。もう殺しはたくさんだ。我が不殺の剣、受けよ!」
≪風来坊の男
常に口許を襟巻きで隠し、笠を深く被っているため容貌は不明。腰に差した刀による神速抜刀術を避けられる者はいない。――かつての親友を除いては。
実は戦の為に造られたヒューマノイドで、人ならざる者と酷使される中、親友だけが人として扱ってくれた。しかしその親友は戦死。全てが嫌になり、さすらいの旅に出た彼の耳に、かつての親友らしき男が敵組織にいるとの情報が入る≫。
パッと文字が移り変わる。不殺を貫くと決めようとも神速抜刀術の腕に鈍りはなく。彼が構えたと認識した時にはもう、周囲のむちむちは気を失っていた。襟巻きと笠の隙間から垣間見えた頬の、傷跡の奥、灰色の機械が見えた。
「千一人目になりたい奴からかかって来な! ピュノちゃん見てる~?」
「見てるですのー!」
「や~ん♡」
≪千人殺しの美女
かつて故郷に攻め入ってきた野盗をたった一人で迎え討った過去を持つ。そのあまりの強さに逆に村人に恐れられ、千人殺しの〇〇の異名で迫害され故郷を追い出された。
男勝りな口調だが実は甘い物や可愛い物に目がない≫。
彼女の身の丈半分程はある円形の剣が猛威を振るう中、ピュノのステッキは暴威を振るい続ける。千人殺した結果の追放は果たして迫害であろうか? ここにきて、モリカの中には疑問が湧いていた。
「この船は沈ませないよ。ボクがいる限り決して、ね!」
≪少年元帥海軍大将
若くして異例の抜擢を受けた天才少年。かつて世界が二つに割れた大戦の折、戦略的重要地ながら手薄であった場所へ数に物を言わせて押し寄せてきた南軍最大規模の第八艦隊を、最低限の艦隊で迎え撃った過去を持つ。
手薄であったのは彼の策の内。浮沈の〇〇と称される≫。
彼の経歴ならばこの状況でも安泰であろう。特注らしきデザイン性に優れた銃を撃つ少年元帥の腕前も確かなものであった。
強し、やはり強しモリカチルドレン。彼女が無意識に生み出した存在と、彼女が望み生み出した存在。その違いは実に鮮明であるといえるだろう。
「自然への敬意なき者は滅びるがいい!」
「我が親友の居所を教えろ!」
「可愛いピュノちゃんが見てんだよ!」
「海がないんだよこの街は!」
少々個人的な理由が目立つ気がしないでもないが、この街らしくて良いだろう。鼻息を吐くモリカは失念していた。もう一人戦士が来ていたことを。
「轟け鼓動! 紅蓮のビート! ワシの一手が炎を呼ぶ!!」
≪パン屋のおじさん
おぎゃあと泣いたその日からパン作りに従事し、今では鍛え上げられた筋肉によって絶品パンを作る。筋肉パンで殴りにくる。
ハートフルパン物語の師匠ポジション≫。
モリカの身に覚えのないキャラクターと設定が爆誕していた。知らない物語も勝手に始まっているが疑問視するだけ無駄というもの。
筋肉パンをフルスイングする師匠の側へぷりちー太が控えた。
挑発のつもりか腹筋ローラーのタイヤを手で回し続けるむちむち。ダンベルでディアボロするむちむち。鶏胸肉を裂き続けるむちむち。
強敵を前に、二人は構えるでもなく静かに目を閉じた。その姿に一瞬笑みを浮かべた面々。しかしすぐにその油断を自覚した様子で後退った。
モリカには分かる。これは諦めなどではない。
心身の統一。
筋肉と対話し、筋肉を整える、筋肉への礼儀。それを忘れた者に筋肉を誇る資格なし。
二人の目蓋が開いた。伝えるために。分かり合うために。筋肉への敬意を、思い出させるために。
「筋肉とは! 力を誇示するためのものに非ず!」
腹筋ローラーの滑りを利用してスーパーマンのように突進してくるむちむちを師匠は片手で受け止める。薄っすらと既視感のある流れが始まった。
「オラオラオラァ!!」
紐で飛ばされたダンベルをぷりちー太の拳が受け止める。最後の一つがモリカのもとへ飛んでこようとした時、彼よりも大きな拳が粉砕した。
「筋肉とは! 己が心身を極限まで鍛え上げ、限界を超えて尚、磨き続ける者の証!」
「しゃらくしぇぇえ!!」
湯気が湧き上がる熱々の鶏胸肉が師匠の口を目掛けて叩き付けられる。それを師匠は受け止めた。この程度の熱では彼の熱さには敵わない。まして筋肉に踊らされているような奴等がどんな一杯を食わせられるというのだろう。これ程の強者が裏通りの目立たぬ喫茶店で静かに暮らしていたとは。世界とは広い。誰しも己が頂点などという驕りは、愚かの極み。
筋肉パンを腰に差し、鶏胸肉を噛みちぎる師匠。隠し持っていた獰猛な獣のような牙が覗いた。
「な、に……」
「筋肉とは――≪高み≫を目指せし者の証!!」
鍛錬に励み、時に辛酸を嘗め、それでも己の研磨をやめない者。弛まぬ努力をし続ける者。それこそが真の筋肉を愛し愛された、筋肉の伝導者。
愛で満たされた筋肉が唸る。パツパツの腕、弾け飛ぶ職人服。釜を思わせる灼熱の拳がむちむち達に訴えかける。筋肉に溺れし者を目覚めさせるのもまた、筋肉ということ。
「精進せい!!」
いつもパン作りで鍛えている師匠の一撃は、フランスパンや筋肉パンの何倍も重く見えた。
かくして、むちむち団は鎮圧されたのであった。