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モリカワールド  作者:
筋肉地区台頭編
22/30

第21話 街が荒れる!

 暗闇の中、群れを成すちぎりパンがえっちらほっちらと走ってくる。ぱんぱんの両腕を振りながら。モリカはそれを直立不動で眺めていた。

 ――いや、違う。あれは大胸筋と上腕二頭筋だ。パンなどという柔らかな物ではない。ムキムキでパツパツの男達が走っているのだ。こんがり焼けた肌を惜しげもなく見せつけながら、モリカへと押し寄せてくるのだ。つまり大変なのだ。

 並ぶ大量の大胸筋が動きに合わせて規則正しく振れる様を見ていると、頭の中の何かが吹き出しそうだった。しかしそんなモリカにお構いなしに男達は走る。走り続ける。彼女を目指して。えっちらほっちら。えっちらほっちら。


 え っ ち ら ほ っ ち  ら   ――。


「いやぁあああ!!」

「モリカー!?」


 身体に掛かる何かを剥ぎ取り飛び起きたモリカ。目の前には木質の壁。掛かる額縁にはそれは達筆な≪無秩序≫の文字。右を見るとベッドスローを拾い上げるピュノがいた。


「何寝ぼけてるでふの! こてこての目覚め方やめるでふなの!」


 ぱふんとベッドスローが寝台へ戻される。どうやら創作物でよく見る目覚めの一幕を再現してしまったようだとモリカは理解する。夢の余韻からぎこちなく周囲を見回すと、確かに眠りに就いた部屋で間違いなかった。


「それより、街が大変ですの! えらいこっちゃですの!」

「え、な、何?」

「モリカときたら眠ってる間にまで世界を量産して……ボク、ボク……これは大変なコトになったって思いながら、コロネ食べてたですの!!」


 起こせよと、モリカは思った。そして先程口調が覚束なかった合点がいった。


「何があったの?」

「まずシュンプーとの一件の後、モリカがいっぱいむちむちを創って、そのむちむちが旗揚げして筋肉地区を興したのは覚えてるです?」

「初耳です」


 寝耳に水であった。


「それをモリカときたら、夢の中でまでいっぱいむちむちと戯れて……。おかげで街のむちむちがパワーアップ! 筋肉地区の独立に名乗りを上げたまではいいですけど、筋肉地区が街を統治するとか言い出して街は大混乱ですのー!!」


 何故、起こさない。モリカは思ったのだった。




 状況を窺いに訪れた表通りは異様な事態となっていた。


「ぬぅん!!」


 思い思いの褌を締めたむちむちの男達が、街の至る所で肉体美を誇示している。こんがり肌が昼下がりのきつい陽光を照り返し、モリカの網膜を焼いた。

 人々は青白い顔でむちむちを通り過ぎていく。彼等はほとんどの者が口を閉ざすか、小さな声で囁くかに留まり、いつもの喧騒が嘘のよう。盛況だった店々も閉めているところさえあった。


「何なんだあんた達は!? いい加減にしてくれ!!」


 陰鬱な空気に耐えかねたか、一人の中年の男がむちむちに怒声を浴びせた。一斉に周囲を駆け抜けた緊張。誰もが彼等を振り返る中、怒鳴られたむちむちは高らかに指笛を響き渡らせる。

 どこからともなく二人のむちむちが現れたかと思うと、あっという間に男は彼等によって両脇を担がれた。


「な、何をする……! やめろ、どこへ連れていくつもりだ!」


 必死で身を捩る男の抵抗など歯牙にも掛けず、むちむち達は表通りに背を向ける。そして広い背中は、騒ぐ男と共に影が差す裏通りの奥へ消えてしまった……。


『マイクテスト、マイクテスト……』


 突如ピーと耳障りなハウリングと共に、青年らしき謎の声が響く。そして静まり返る群衆へ、街の上層から拡声器による声が降ってきた。


『耳の穴かっぽじって揃えてよぅく聴きたまえ諸君。この街には何だか秩序がない。なンだか無秩序だ。分かるかい? 喧嘩、諍い、抗争、日常茶飯事! 茶≪飯≫事! 実に愚かだね。虫けら共による有象無象の争い。我々はもう見ていられない』


 唐突な主張に街に走ったどよめき。店を閉めていた筈の者達さえ窓やシャッターをわずかに開き、様子を窺い始める。


「これは…! そんな、まさか……!」

「ピュノ?」

「モリカ、これは危険ですの。間違いなく奴等が噛んでいるですの……!!」


 物陰から様子を見ていた二人だったが、ついにピュノの顔にまで緊張が走った。彼がこのように話す存在といえば、一つしかない。そう、謎の集団、敵組織。これまで幾度かモリカの前に現れてはおにぎりを残していった謎に包まれし者達である。


「まさか!? え、でもあの集団って最初からいたんだよね。むちむちはわたしが後から作った存在でしょ!?」

「その通りですの。なぜ奴等とむちむち団が結び付いたのか……」

「っていうかスピーカーの声って誰?」

「それは…っ、ボクにも分からないですの」

「そんな……」


 ピュノに分からないことがあろうとは、モリカに動揺が生まれた。しかしピュノは、すぐに何事かに気付いた様子で独り言を呟く。


「……いや、もしかして。ううん、そんなまさか」

「ピュノ?」


 頭を振るピュノはモリカに応えない。

 演説は、無慈悲に続く。


『だからこの街は! 今日から我々筋肉地区が圧倒的な力のもと治めることとした!』


 アクセルを踏み抜くのはやめていただきたい。モリカは思った。彼の主張はまさに創作物でよくある、悩みからの結論がぶっ飛んだラスボスの様式美に則っている。


『何故争いが起きるのか? それは互いに弱者だからだ。弱いごみ虫しかいないから、泥試合の果てに再び争いを巻き起こすのだ。永遠に繰り返すのだ。ならばそこに必要なのは? そう、圧倒的パワー! すなわち筋肉!』


 加速し続ける声は止まらない。周囲の全てを薙ぎ倒し、荒野となろうともなお駆け抜ける主張は急転回し、置き去りにされた群衆のもとへ戻って来る。

 再びハウリングが起きた。


『筋肉とは力! 力とは暴力! 暴力は全てを鎮める。真に強き者こそが頂に立つべきなのだ。筋肉に従え。筋肉(われわれ)に平伏すが良い!』


 むちむち達の太く熱い雄叫びが上がる。声の主は不明だが筋肉地区から圧倒的な支持を得ているのは間違いなさそうであった。


『さ~ぁ同志達よ。見せてやれ。選ばれし肉体の屈強さ、強靭さ、濃厚さ。くそ虫共よ、とくとご賞味あれ!!』


 その声を皮切りにむちむちの群勢が、これでもかと、各々渾身のポーズを決め始めた。陽光が乱反射して人々とモリカの網膜は激しい衝撃を負う。もはや前などまともに見ていられなかった。そこかしこで苦しむ人々の声に紛れ、次々とシャッターの閉まる音が響く。

 阿鼻叫喚の中、モリカはピュノに手を引かれ懸命に街を駆けた。

 悔しかった。

 これはモリカの蒔いた種だ。けれど今、彼女に出来ることはない。思い浮かばない。

 モリカの心を映したように空が急速に翳っていく。振り返ろうとした彼女の手をピュノが強く引いた。


「今はどうにもならないですの。一度退いて、策を練るですの。時を待つですなの!」


 心苦しさに歪むモリカの顔に、ぽつりと冷たい雫が落ちた。それは瞬く間に粒を増やし、嘆きのような騒めきが世界を満たす。

 そもそもが滅茶苦茶な世界だった。けれど住人達はそれなりに暮らしていたのに。もはや主張することさえ許されぬだろう。

 ――かくして街は、動乱の世に突入した。

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