第19話 出会す!
「蜿蜈医□縺代□縺ィ險€縺縺溘s縺」
「……食ァ、ベ、食 べ? タ、タアアアァァ? イゐゐゐゐゐゐ?」
ぷっくりと厚い濡れた唇がぎこちなく動いて言葉を紡ぐ。人型の方は何を言っているのか理解出来ないが、意思疎通は取れているのだろうか。もっと言えば唇もあまり何を言っているのか分からない。怖い。
そもそも少女が愛用していた可愛い人形の味方もいるのに、何故よりによってエネミーがいるのだと文句を言いたくなるモリカ。
周りの酔っ払いは止めようともせず囃し立てるばかり。
モリカは関わらないでおこうと思った。しかし、その目に映り込んだ一瞬の光に眉を顰める。人型が、手に持ったナイフを明かりにぎらつかせた。
一瞬にして空気が凍り付く。波のように沈黙と、緊張が駆け抜けた。
「はい、そこまで!」
それを裂いたのは間を割って入ったテイエンの姿。
ナイフを恐れず真っ向から人型の腕を掴み、反対の腕では唇を制している。
「食べチゃ」
「まあまあまあまあまあ! 飲み過ぎだぜ」
何か言おうとした唇の中へその辺のペットボトルの水がなみなみ注がれた。テイエンの意識が唇へ向いているのを良いことに、あろうことか人型が、逆の手へ持ち替えたナイフで彼を刺そうとした。
「おっと」
難なく避けたテイエンは人型の腕を叩き、取り落としたナイフを奪う。鮮やかな一連の流れは彼が戦い慣れているのが窺えた。
「分かった。向こうで話そうか、な。お騒がせしたな!」
人型と肩を組み、後ろ手をひらりと振ると廊下へ出ていくテイエン。その後ろ姿を一同沈黙で見送った少しの間の後、わっと喧騒が戻る。
もう誰も先程の事など気にしていない様子であった。けれどモリカは気になり、席を立つ。
「テイエンに任せとけば大丈夫だよ」
「うん…ちょっと見てくるだけ」
タクはそう言うが、モリカの胸が無性に騒ぐ。ピュノは楽しく飲んでいる様子だったので声を掛けずにそっと座敷を出た。
二人の姿は長い廊下の途中にまだ在った。声を掛けたモリカにテイエンが振り向く。――その隙を突いて、人型が彼の腕を振り払い逃走した。
「あ!!」
驚愕に声を上げたモリカに対し、テイエンは静かに身を翻して人型を追う。モリカも反射的に駆け出した。
角を曲がれば天楼の裏側、人気のない廊下に出てぐっと照明の数が減る。右には並ぶ襖、左には落ち着いた風情の中庭を挟み、また襖が並んでいる。
その両の縁側の下、深い暗闇よりぬっと真っ黒な集団が現れた。
「!?」
言葉を失うモリカ。続いて呼応するように和装の集団が襖から、屋根の上から、はたまた木の陰から音もなく姿を現し奴等を追う。しかしこちらも皆口元を黒い布で覆っていたので怪しく不気味だった。
座敷の賑わいは最早遠く。モリカの足音以外は無音に近い。
和装の一人がテイエンに赤く長い棒を寄越した。彼の武器、棍である。
月明かりのない夜に、此奴らは一体何を。
モリカは怖くなって足を止める。彼等は構わず暗がりを駆けていった。
「……も、防人だ」
遊幻廓を守る武装集団である。別に影の組織とかではなく、廓の住人を攫いに異形が攻めてきた時以外は普通に働いたり遊んだりしている。つまり彼等の集まる場所は戦場ということ。
モリカ一人になった廊下。テイエン達が去っていった後には、三辺を海苔で巻いたおにぎりが残されていた。
暗がりに浮かび上がる赤。中心に埋められた梅が、まるでモリカを監視する目のように見えた……。