第18話 続・働く!
「ごめんなモリカ。あんまり多種族を見慣れてなかったんだな」
「謝るこたぁねぇさ。こっちこそ世間知らずですまんな」
テイエンと共に裏方でおしぼりを巻くモリカ。その頭上でフランスパンを齧る謎マスコットがどの口を叩いた。
「実はおれも龍族なんだが、姿が変わっても襲ったりしないから、安心してくれよ。驚き間違いなしの大きさだぜ!」
ぶすくれていたモリカを元気付けるように冗談めかして、けれど宥めるように優しい声色でテイエンが言う。
知っている、モリカは思った。彼の事なら何でも知っている。異界で目に止まった孤独な存在達を放って置けなかったことも、同胞の群れから離れた寂しさを押し殺していることも、遊幻廓で見つけた愛する存在が異形となって、手に掛けるしかなかった悲しみも。
どんな姿になろうとも、その本質は変わらないのだから怖くない。
「テイエンなら、いつだって、安心するもの」
短く告げて、失敗したおしぼりを巻き直すモリカ。そんな彼女にテイエンは柔い息をこぼした。
「そうか。おれも、モリカといると何だか安心するんだ」
夢にも思わなかった言葉に、モリカは彼を見る。翡翠があまりに真っ直ぐ彼女を見つめていて、一瞬息が止まった。彼の凛々しいかんばせに、今は、どこかいとけなさを感じる。
「ずっと一緒だったような心地になるな」
懐っこい表情で、茶目っ気を含ませてテイエンは笑った。
「一緒だったよ」
彼に聞こえないように、とてもとても小さく、吐息と変わらない声量でモリカは答える。たとえ没作としても、彼等が大切な存在であることに変わりはなかった。良いと思って一生懸命創った存在が彼等だ。それをいつから、流行りや大衆受けに重きを置きだしたのだろうとモリカは考える。
「焦点を当てて欲しいのはそこじゃないぜ」
フランスパンを齧る奴が何か言ったがモリカの耳を通り抜けた。
「さぁ! 次は皿に菊を乗せる仕事だ!」
モリカの仕事の難易度は著しくレベルを下げられていく。厨に戻り、テイエンが盛り付ける隣でモリカはひたすら菊を乗せた。菊を乗せる必要がない時は見学だった。
周りは多忙極まれりといった様子。中には混乱して皿をひっくり返す者もいて、モリカは仲間を見出してほくそ笑む。しかしその者は周囲に励まされ新たな皿を運んでいった。惨めであった。
「慣れてきたなモリカ! 良し、もう少し働いてもらうぜ。次は菊に加えて葉っぱも乗せてくれ!」
仕事を増やされ何だかよく分からない装飾葉も乗せるモリカ。乗せない時は見学であった。
忙しい夜は更けていく……。
「よく頑張ったな。交代の時間だ!」
どれ程の数の菊と葉を乗せた頃であろうか、手を止めたテイエンが仕事の一段落を告げる。
「交代?」
何の話かと言いかけて、遊幻廓の設定を思い出すモリカ。廓の住人はいつも宴を催しているが、客がいなければ始まらない。しかし訪れる者もいない廓において客とは誰か。そう、廓の住人が働く側と客側の交代を繰り返しているのであった。
「やった! 飲むぞ~」
「ああ疲れた。ようやく休める」
厨でせっせと働いていた者達が次々と座敷へ向かっていく。代わりに見慣れぬ者達が入ってきて、厨から顔を出すと座敷からは酔っ払い達が現れ楼の奥へ消えていった。
「シフト制だ。働いた後は外部からの客に混ざって楽しんで良い。もちろんすぐ休んでも構わないぜ」
「シフト制……」
的を得ているのだが、天地がひっくり返っても彼の世界観には似つかわしくない言葉が飛び出してきた。
「飲むぞモリカ~!」
「ふん。せっかくだ。一杯ご相伴にあずかろうかねぃ」
謎マスコットは本当に何もしていない。モリカの振り上げた拳は形なき大いなる拳が包み止めた。昼間のアレである。モリカは降り注ぐ光と花びらに頭を振るい、意識を現実に戻す。さっさと座敷へ行って座布団に座った。隣に寄生型宇宙生命体が座っていたのでそっと席を変えた。
「あー美味しい! 蟹って最高。蟹って美味しいよね!」
「蟹食べてる時にこんなに騒がしい奴ぁ初めてだぜ」
ご機嫌で蟹の身をほぐすモリカにピュノが感心とも呆れとも取れる絶妙な声を上げる。昼間クリームパンが好きだと述べていた奴は塩を肴に升酒を飲んでいた。
「美味い! 上手く出来たな、リク!」
「うん」
前の席ではタクとリクが手毬寿司を食べて頷き合っている。
「それ、二人が作ったの?」
「そうだよ。モリカも食べてみてくれよ」
タクが寄せてくれた皿には多種多様な美しい手毬のような寿司。彩り多く見ているだけで目が楽しくなるそれを、モリカは一つ頂いた。
おそるおそる窺った隣のピュノは何も言わない。……米が駄目な訳ではないらしい。小麦粉が飛んでこないのでモリカは嬉々として食べた。
「美味しい~! 二人共お料理上手だね」
「いろいろ教えてもらってるからな」
タクが目元を赤く染めて胸を張る。本来の遊幻廓よりずっと治安が良くないために、少し心配もあったモリカだったが、彼等が可愛がられているようで胸を撫で下ろす。
「もう一度言っテ」
ほらこれだ。モリカは思った。
卓上の諸々が派手に散乱した音。開放された二間続きの向こう側で、顔がなければ服も着ていないのっぺりとした人型の生き物と、大きな唇だけの生き物が睨み合っていた。
覚えのある姿である。あれは空想に耽るあまり現実を拒んだ少女が迷い込む、虚構の世界の住人。少女の光も闇も同居する恐ろしくも愛しい、切ない世界の物語。彼等は闇の象徴、エネミーであった。