第14話 春風に撫でられる!
「はー忙しい! はー忙しい!」
場所は変わって裏表通りの最上階層。隣のナイトプール(昼)でココナッツジュース片手にフラミンゴに乗った本能がリッチに漂う中、モリカは通りのごみを袋へ詰めていた。
「ああ忙しい! あゝ忙しい!」
その隣で見知らぬおやじがモリカの詰めたごみを取り出しては路上に並べている。行動原理がよく分からなくて怖いのでモリカは気にしないことにしていた。
「は~忙しい! は~忙しい!」
ちなみににその隣ではこれまた見知らぬおやじが並べられたゴミを袋に詰めているのだが、余談である。
後ろでは舞うようにゴミを集めていくシュンプーの姿があった。箒を手に彼がしゃなりと舞えば、春風ピンクの花びら舞う風が巻き起こり、ファンシーマジックであっという間にゴミが片付いていく。はらりと捲れる裾から覗く、鍛えられた生脚を恥ずかしげに隠す仕草は可憐であった。
一方隣のナイトプールでは、本能がサングラスを上げてグラマラスなお姉さんを前のめりに眺めていた。本能はむわんと煙を上げて煩悩の文字に変化した。
「感じます……皆の心の高まり。輝ける生命を! 次は修繕に向かいますよ!!」
彼の後ろの高まりには見向きもせず、シュンプーは次の目的を目指して街を行く。
煩悩に塗れた通りを清廉な修道着の集団が通る様は異様に浮いていた。しかし先頭を歩くシュンプーの佇まいは凛々しく勇ましい。表通りならば歓迎されたかもしれないものを、わざわざこんな欲の塊の地へ拠点を置いて。
否――きっと敢えてなのだとモリカは思い直す。自分達の信仰が真に必要と思われるところへ彼等は身を置いたのだ。それが感謝されなくとも。誰の目にも留まらなくとも。いつかは心へ届く日を信じて。
「シュンプーってすごい……」
「自分で創っておいて今更ですの」
「いや、そうなんだけど。知ってたけど…本当にすごいんだなって実感したというか。ほら、シュンプーの行く先をみんなが避けてる。何だかんだで一目置かれてるのかも」
「目も逸らしてるですの」
「そういえばそうだね……?」
風を切るパツパツの肩の向こうに見える者は皆、目線を下やあらぬ方向へ向けていた。その更に向こうに現れたド派手な電飾に装飾された店。側面からはこちらを指差す謎の大きな手が突き出ていた。その前でシュンプーは足を止め、モリカ達を振り返る。
「こちらです。スナックおまえの家。先日の台風で屋根と壁が破損したようですね」
「あらぁ大司祭様! 来てくださったんですね」
「ママ。遅くなりました」
窓から顔を出した妙齢の女性がシュンプーを認めるなりパッと顔を明るくした。そして頭を引っ込めたかと思うと、改めて扉から現れる。
電飾に照らされた外と違い、中は暗い。けれど入り口付近は入り込む通りのネオンライトで比較的内部の様子が見えた。――ママの足元。ひっそりと落ちている、全面海苔で巻かれたおにぎりの姿が。
「あれ! 敵そ――」
「チェストオオィイ!!」
思わず指摘しようとしたモリカへ向けて、突如謎マスコットが白い粉をばら撒くという暴挙に出た。視界が粉で真っ白に埋め尽くされたモリカは咳き込み、粉塵の中で何とか顔に掛かった粉を払う。
一言文句を言ってやろうとピュノを睨み付けると、奴は再度モリカの顔面目掛けて粉をぶっ掛けてきた。
「ぺっ、ぺっ、何すんの!!」
「滅多なコトを口にするんじゃないですの! 小麦粉撒いて盛っておくですの!」
「塩か……?」
「何をしているのですモリカ! 粉塗れになっている場合ではありませんよ。確かに奉仕活動は楽ではないでしょう。けれど修行とはそれをいの一番に成してこそ。そう、春一番のように!」
促してくるシュンプーに本当に言いたい事はそれで良いのかと思うモリカ。何故粉塗れになったのかなど、気にならないのだろうか。モリカだけが責められる不満を彼へぶつけようと、モリカは口を開く。一文字目と共にばふんと煙が起きた。
「だってピュノが…!」
「きゃあ! モリカお粉でいっぱいですの。大丈夫ですの~!?」
モリカが静かに振り上げた拳。それは活きの良い音と共にシュンプーの手の中へ収められた。
「どうしました。貴女らしくもない。良いですか、暴力は何も解決しないのです。たとえ一時は思い通りになったとしても、その先に真の幸福は訪れません。永遠に空虚に身を晒し続けるだけ。貴方が目指すものは、力を振り翳す道ではないはず」
「シュンプー……はい。ごめんなさい」
「その素直さは美徳ですよ。創造主様は仰っています。本当の貴女はとても穏やかで優しいのだと」
モリカの自称であった。
「出遅れてしまいましたが私達も参加しましょう。そぉれ!」
「わ……!」
シュンプーの掛け声も共にモリカを春風ピンクの風が包み、小麦粉が綺麗に取れていく。
――それだけではない。ささくれだった心の奥から陽春のような穏やかさが溢れた。それは与えられたものではない。間違いなくモリカの中から生まれた春の知らせ。漂う薫風。麗らかな午後の訪れ。
心を撫でる、春風。心の中のシュンプーが囁いた。
『私は――ちぎりパンが好きです』
「はっ!」
粉と共に風に乗せられていた意識がスクーターで乗り付けた脳裏の二代目本能に叩かれ、唐突に戻る。完全に嵌っていた。
だからそんな力は知らない。モリカは一人思った。
お祈り、街の清掃、修繕とここまで精力的に尽くす教団の様子を見てきてモリカは感心していた。
心当たりのない信仰ではあるものの、星信仰と比べてもその教義の本質は変わらないように思える。自分を磨き続けてこそ生命の輝きがより高みへ行く。つまり信仰対象、ここでは創造主の御許へ近付くということ。信仰についての知識が浅いモリカが見様見真似で考えたものであったが、悪くないのではないだろうかと感じていた。