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モリカワールド  作者:
愛のゆりかご編
14/30

第13話 奉仕活動する!

 招待された教団内部は白く、天井がとても高かった。その天井に筆を持つ創造主と生み出された数多の生命が描かれている。これは世界創造の神話を絵にしたものであるとシュンプーは言う。筆で命を生み出すとは随分と風変わりな神話だとモリカは思ったが、ここは己の脳内の具現化であったとすぐに思い直す。

 あとは入り口から左右に複数の廊下が連なり、正面に長い階段がある。そこを登った先は礼拝堂だった。規則正しく並んだ椅子にはちらほらと祈りを捧げる信徒が見受けられる。


「ご覧なさい。あそこの奥に祀られている物こそ、創造主様が世界をお造りになった際に使われたと伝えられる聖筆です」

「あれが……!?」


 特別にと入れてくれた祭壇の最奥。そこには硝子ケースの中、ふかふかのクッションの上に大切に飾られている、昔モリカが失くした愛用ペンが飾られていた。


(創世教の創造主って……わたし!?)


 しかし考えてみればモリカの脳がこの世界を構成しているのだから、創造主といっても可笑しくない。つまり己は神。


「奉られたいですの?」


 心を読んだようなピュノの言葉で我に返る。愛されたいが別に奉られたくはないモリカだった。


「ここで私はいつも創造主様への祈りを捧げています。モリカもやってみては如何でしょう」

「お祈りってどうしたら良いか分かんないよ」

「難しく考えることはありません。ただ、己の生に感謝を捧げるだけ。こうして祈りを捧げられる幸福に、感謝するだけです」

「祈りを捧げられる幸福……」


 モリカはどちらかといえば無神論者だ。それは、苦しみの中でも祈る相手さえいないことを意味する。救いを求めて縋る相手はいない。己の心独つで立つしかないのだ。いついかなる時でも。

 しかしその思想を持つのは彼女の心が自由な証。祈る選択も、祈らない選択も出来る。

 上手く言葉に出来ないが、今ここに立ち、選ぼうとしている己は恵まれているのかもしれないとぼんやり感じた。

 シュンプーを真似て祈りの姿勢を取ってみるモリカ。

 分からないなりに目を閉じて、今、ここにいる己を考えてみる。祈る相手のいない自分が何に祈っているのだろうとも思ったが、何となく悪くはない。静謐が心地良くすらあった。

 祈る程に、だんだんモリカは無になっていく。

 心の水面(みなも)に凪が訪れたら、中から澄み渡っていく気がして、世界に溶けていく気がして――己が曖昧になる直前、慌てて目蓋を開いた。


「どうでしたか」


 シュンプーが春風のように穏やかな面持ちでモリカを覗いていた。


「世界に溶けていく気がした!」

「それは瞑想というのですよ」


 彼らしからぬ気を遣った態度を返されたモリカである。


「さあ、次は奉仕活動です! 参りますよ!」


 しかしシュンプーは些細なことは気にしない性質であったため、一寸先にはもう次なる関心事へ向いている。やたらと荷物を背負った彼に腕を引かれ教団の外へ連れ出されるモリカ。その後ろを幾人かの信徒がついてきた。皆一様にシュンプーと同じ修道服に身を包み、荷物を背負っている。

 天楼と逆を行き、着いた先は裏表通りの人気のない場所。店の陰となる暗がりに沢山のごみが無造作に捨てられていた。


「また捨てられていますね。皆さん、やりますよ! 街の乱れは心の乱れ。清らかなる心は清らかなる街から。真の美しさとは! 尊さとは、心持ちの中にこそ見出せるもの。私に続きなさい!」

「はい!!」


 清掃である。

 煌びやかな街の掃き溜めと化した場を、いくつもの箒が颯爽と掃いていく。酔い潰れた様子でごみの山に寝そべるおやじは信徒達によりレスキュー体制でどこかへ連れて行かれた。後に残された、おやじの頭から外れたネクタイが何とも言えないおセンチを誘う。

 出てくるごみの多くは酒瓶や酒缶、あとはネクタイに花束、偶にリングケース。

 モリカはこの裏表通りの闇を垣間見た気がした。そこへシュンプーがトングをカチカチ鳴らしながらやってくる。


「さあ、モリカもご一緒に」

「え、わたしも?」

「当然です。ご覧なさい、少し片付く毎に微笑む彼等の面差し……まるで春陽のようではありませんか」

「はぁ……」

「あるいは春風のようですね!!」


 突然振り切られた音量にモリカの耳に爆音が響く。慌てて全力疾走してきた本能から両耳を押さえたが、当然無駄であった。役目を果たさなかった本能は彼女の脳裏で手を伸ばしながら無念に生き絶えた。

 ごみ山にわたあめが発生する。もくもくとした煙の中から手足を付けた≪本能≫の文字が生まれ、頼もしげに自身の胸を叩いた。

 再誕であった。


「下らない空想してないで奉仕活動するですの!!」


 謎マスコットの振り回すフランスパンがモリカを直撃する。仕事をしなかった本能は手を振って足取り軽く去っていった。モリカは大人しく≪清掃中≫の看板を手に表へ立ち、再びフランスパンと邂逅するのであった。

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