第12話 また目をつけられる!
「おや、可愛いらしいレディとマスコットですこと」
モリカとピュノに掛けられた声に右隣を見る。そこにはオフホワイトのゆったりと足元まで隠れるローブを着ていても隠しれない、恵まれた体格の男がいた。
彼の名はシュンプー。訳あって理が崩れてしまった世界に根付く星信仰の熱心な星教師であり、弱きも強きも守る為に己を鍛え上げた感服に値する人物である。
好きな言葉は≪春風≫。
悩める者の為、艶やかな黒髪を靡かせ颯爽と駆け付ける姿はまさに現人神。少々おセンチなところがギャップ萌え。そんな彼が何故ここに。
「驚かせてしまったようですね。私はシュンプー。創世教の教徒です」
ここも多少設定が異なるようである。走り去りたい欲を抑え、モリカは名乗り返した。
「モリカです。こっちはピュノ。それでは」
「お待ちなさい」
走り去ろうとしたモリカの肩が掴まれる。痛くないが有無を言わさぬ力にモリカは慄いた。
「貴女、良いですね。とても良い目をしている。貴女ならではの輝きを強く感じます」
「その輝きの結果がこの闇鍋ですの!」
「お黙り謎マスコット」
余計な事を言うピュノをモリカは諌め、ぐいぐいとさり気なく肩を引いて去ろうとする。微塵も動かなかった。この押しの強さ。まさに思い描いていたシュンプー。パツパツの胸元が眼前を圧倒して徐々に思考が渦を巻き始める。それを救ってくれたのは、まだ戻っていなかったらしいテイエンだった。
「おいおい、圧倒されて固まっちまったじゃねぇか」
シュンプーの腕を掴み静止する。おそらくモリカが雑踏に見えなくなるまで見送ってくれるつもりだったのだろう。彼らしい優しさに胸が熱くなるモリカ。
シュンプーといえば、テイエンの言葉に我に返ったようであっさりと離してくれた。
「これは失礼しました。つい熱くなったとはいえ、いきなり申し訳ありませんでした」
「いいえ、大丈夫ですよ。それでは」
「お待ちなさい」
振り出しに戻った。
「ここで出逢ったのも何かの縁。良ければうちの教団を見学してみませんか」
「創世教を……?」
「ええ。何も入信しろと言っているのではありません。ただここには、貴女に必要なものがあると創造主様が仰っています」
「創造主様?」
「おや、創世教を知らないようですね。よろしい、この私が教えてして差し上げましょう。創世教とは!」
怖いくらい話が勝手に進んでいく。押しの強さが見た目のインパクトに負けない。そんな彼がくるりと舞うと、どこからか花を纏ったフレームが現れその中に光り輝く文字が浮かんだ。
何だその力は。そんな設定は与えていない。モリカは思った。
【創世教とは】
この世界を創りし創造主は人々に厳しい試練をお与えになった。それは隣人との思想のぶつかり合い。それを乗り越えてこそ高みへ行ける。あと他には、強きも弱きも守る使命もお与えになった。それらをどうやって成すか。そう、筋肉である。
そんな宗教は存じていない。モリカの全く知らない宗教がシュンプー色強めに興されていた。
「なんというファンシー力……! 油断ならないですの」
モリカの後ろで謎の戦いをおっ始めている生き物がいるようだったが、ひとまず意識の外に置くことにした。
こうも頻繁に各所でイベントフラグを起こされても捌ききれないのである。こいつらときたら一つ対応するだけで心身共に疲弊するのだから。
「生命とは高みを目指してこそより輝くのです。研鑽を積み鍛錬を重ね己を極限まで磨き上げる。一度きりの人生、崇高に生きようとする心こそが命を唯一無二の色に光輝かせるのです。感じます。貴女は高みを目指せし者。己を高次元へ押し上げんとする宿命を」
モリカがここに来た理由が朧にばれている。やはり彼の信仰心、神通力は本物。自分で作っておいて何だが、アクの強さだけがモリカを竦ませるのだ。モリカは確かに彼のようなイロモノキャラが好きだった。しかしそれは、あくまで傍観者であることが前提の話であった。
「何だか勝手な事を言ってるな? モリカの人生だぜ。宿命だろうとモリカの思うように生きて当たり前だろ。それに、一度きりの人生なら楽しんだ方が良いだろう。我慢だの苦行だのばかりじゃあ、勿体なくないか」
シュンプーの熱い弁に押されていたモリカに再び救いが現れる。彼女の背中越しにシュンプーと対面するテイエン。異論を唱えられたシュンプーといえば、テイエンの強い矜持に怯むことなく反論した。
「創造主様のお与えになった試練は誰しもに等しく降り掛かるもの。そこに信仰は関係ありません。試練から目を背け、ただ生を楽しむのは確かに彼女の自由。けれどまた、試練に立ち向かい己を鍛えるのも彼女の自由なのですよ! テイエンラン!」
「言うじゃねぇか……シュンプー!」
知り合いであった。
最早モリカを他所に二人はバチバチしている。この際それは構わないが、モリカ的にはせめて己を挟むのをやめていただきたかった。
「良いでしょう! ではこういうのはいかがですか」
何かが始まってしまった。
「彼女に創世教と天楼、二つを体験してもらうのです。そして彼女にどちらが良いか選んでもらうのです!」
やめてくれ。そんなよくある展開。モリカの心の声は誰にも届かない。
「良いぜ。乗ってやろうじゃないか」
テイエンは味方ではなかったのだろうか。
そういえば、彼は平和を愛しながらも、血さえ出なければ勝負事は好きであったと思い出すモリカ。
「ではまずこちらから……。創世教を堪能あれ!」
腕を引かれシュンプーに連れ去られていくモリカ。着いた先は天楼のすぐ横の建物。
そう、教団と天楼。思想的に対極に位置するだろう二つの存在は、お隣さんだったのである。