第10話 目をつけられる!
翌朝の表通り。
スピーカーに籠ったような荒めの音質で陽気な音楽の流れる中、無心でメリーゴーランドに乗り続けていたモリカは次なる悩める者に遭遇する。それはモリカの隣の馬に乗っていた。
「小生の名はエウティミオであります」
誤解のないよう言っておくと、この存在は別にモリカが悩みを察して声を掛けた訳ではない。ただ無心でメリーゴーランドを周回していたモリカに何を思ったか、おもむろに語り出してきただけであった。
「全く異星生命体というものは愚かな劣等種なのであります。そんな愚かな存在が目醒める為に必要な一手とは。そう、それは偉大なる我が母星の属星となることに他なりません」
正面に何故か一体だけいる狒々(ヒヒ)に乗ったピュノの尻をぼんやり眺めるモリカ。狒々と合わせて尻が二つ並んでいる。尻が回っている。無限に。行く先もなく。
己は永遠に尻を眺め続けるのだろうか。そんな思いがぼんやりと浮かぶ。
「高次元の存在たる我々の導きによってのみ異星生命体というものは高みへ行けるのであります。ですから小生は使命を戴いたこと、大変誇らしく名誉なると共に己を律し、いかなる辛酸をも嘗める覚悟にあるのであります」
隣にいる奴はやばい奴だ。そんな思いがモリカの中に朧に浮かんでいた。
どうやって逃げようか。考えを巡らそうとすると心を読んだように前方の尻が振り返った。
「自分で蒔いた種ですの。責任を取るですなの!」
困っている者を探している最中、偶然通り掛かったメリーゴーランドで何も考えずアホ面を晒し続けていたがために、こんなことに。
しかしピュノが言っているのはその事ではない。モリカの隣で一人でに語り続けるこの存在が、間違いなく彼女の生み出した生命体であることを言外に告げている。
小ねずみ程の大きさで顔は骨を削った仮面を被っていて分からない。母星産の星喰花という生物兵器を使い、異星をフォーミングするSF作の問題児。
透過能力を備えるがそもそも小さく軽いので見つかり難い。彼は星喰花の種を蒔く為に様々な主要人物に寄生しつつ、種が良く育つ場所を探すという設定である。
「つまり……どうしたいの」
「フォーミング用の種を蒔く為の寄生先を探したいのであります」
馬から飛び降りて走り去ろうとしたモリカの後頭部にフランスパンの熱い口付けが通過した。エウティミオがぴょいと馬から飛び降りてモリカに侍る。
「確認なんだけど、きみ……別に故郷が存続のピンチ、とかじゃないよね。単に属星を増やしたいだけだよね」
自らが作った設定を一生懸命思い返しながら問い掛ける。エウティミオは自信満々に答えた。
「その通りであります!」
「ん、分かった!」
ひとまず寄生先を探しているふりをしつつ、人々の営みを見せ、住人にとってこの街が大切な場所であると自発的に気付かせよう。モリカはそう考え協力に了承した。
彼女の肩にエウティミオが揚々と飛び乗る。そして透過し始めた。
「こらこらこらー! 寄生しようとするんじゃなーい!」
こんなのを相手する人達は大変だ。モリカはちょぴっとだけSF界の登場人物達に申し訳なく思った。
メリーゴーランドを離れ表通りを歩き出す。
モリカは早朝の肌寒い澄んだ空気が好きだった。開店に向けてか金属音やまな板を包丁が叩く音、どこかでシャッターを開く音等が聞こえる。こうした様々な生活音を聞いていると不思議と心が落ち着くのであった。
特にパン屋の朝は早いようで、既にそこかしこから香ばしい匂いが漂ってくる。
「どんな生命体が良いかなぁ」
「やはり丈夫且つ生命力に満ち溢れているものが好ましいのであります。長距離の移動を繰り返すのも大変宜しい。旅人などうってつけでありますな」
「そうだねぇ」
いない。モリカにはそのような知り合いなど。旅人など一人として知らないと脳内で唱える。話題をもっと穏便なものに変えることにした。
「良い匂いだね」
「パンでありますか? 小生はその昔、パニーニに感動したであります」
「あ~美味しいよねぇ!」
「ピュノはクリームパンが大好きですの!」
「成程。確かにあれも美味。して、モリカ殿は何がお好みでありますか」
「わたしはねぇ、食パン!」
「食パン」
互いの好きなパンを言い合う。そんな穏やかな朝に、それなりの大きさの物が倒れた音が響いたのは、突然の事であった。
「な、何――きゃああ!?」
モリカの目の前の店で大作映画のノリかと思う程硝子が細かく激しく割れる。同時に取っ組み合う二人の男が飛び出してきた。
「てめぇ! うちにパン焼くなっつってんのか!?」
組み合ったまましばらくごろごろしていたが、パン職人姿の方が起き上がりもう一人を怒鳴りつけた。耳元で大音量を受けたサラリーマン風の男も起き上がり、負けじと凄む。
「臭いが移るンでぃ! うちゃあクリーニング店だぞ!? 隣でパンなんか焼かれちゃあ商売上がったりだろぃ!!」
どちらかといえば口調が逆な気もするが、それは置いといて大変な事が起きているとモリカは竦み上がった。
「アンタァ! 踏ん張ンな! そらァ!!」
店内の奥様がフランスパンを旦那へ投げ寄越す。もう駄目だ。鈍器だ。パン屋の男がそれを受け取り、クリーニング店の男に振りかぶる。それを身体を転がして避けたクリーニング店の男の胸に、謎の箱が抱かれていた。
「あなた! 洗剤よ! 彼奴等の小麦粉にぶち撒けておやりなさいな!!」
隣からクリーニング店の奥様も出てきた。しかも過激だった。もう駄目だ。
騒ぎを聞きつけて人も集まってきたことなので、モリカはこの場を引き返し後にする。しかし駆け抜けた先の通りで、擦れ違い様に肩をぶつけ合った二人の男達を目にした。
「あンだ? テメェ……」
「あぁン? テメェ……」
即座に睨み合う男達。仰け反り気味に相手を見下げて威圧する男と、猫背気味に首だけを突き出し相手を睨み上げて威圧する男。そのまま何故か互いに一定距離で円形に回る。
「ン舐めてンじゃねぇぞゴラァ!!」
戦いが始まった。タコ殴り合う二人にモリカはそっと脇の階段を駆け降りる。
まったく朝から治安の悪いことだと溜息を吐いた。そして思い出す。肩の存在を。
「やはり劣等種なのであります……やはり崇高なる母星の慈悲のもと我等が……」
(不味い不味い不味い)
このままではエウティミオの支配欲は宇宙より広がってしまう。そもそもこの街がせせこまし過ぎるのがいけないのだ。こんなに店を詰め込んで、これでは喧嘩が起きるのも無理はない。店どころか種族や世界観とて違うのだから、様々な要素を入れ過ぎている。
「ちょっと人混みが多い所だったね。もう少し落ち着いた場所に行こうか」
そう言って手近な裏通りに入る。この辺りの店の開店はまだのようで、静まりかえっていた。人気もない。
しかし何故か手負いの例の奴がいた。




