願いの木
■■■月夜乃外苑 中央広場■■■
──うーん、コレは完全に予想外だ。
中央広場の中心部、小さな噴水の縁に並んで腰掛け、話をする。
『それで? お話ってなぁに???』
……おぉう、何と言うか落ち着かないな? 西園寺の姿で幼い口調って。
落ち着かなさを覚えながらも、小さく頭を振り思考を切り替える。
「──君のお母さんとお父さんは、君に逢いたがっているよ」
『それは僕もだよ……僕も、ママとパパに逢いたいよ──でも、僕は……此処から出られないんだ』
西園寺──あぁいや、西園寺に取り憑いた? 子どもは、何かに耐える様に唇を噛み、告げる。
そしてそのまま、
『お家に帰りたいよ。どうして僕だけがこんな目に遭わなくちゃいけないの? どうして、ママもパパも迎えに来てくれないの……ねぇ、どうして?』
感情が不安定になっているのか、悲しそうに言ったかと思えば、言葉に怒りを滲ませ……、
そしてまた、泣きそうなほど弱々しい口調へと戻る。
『僕の事が嫌いになっちゃったんだ! だから迎えに来てくれないの? そうなんでしょ!?』
『嫌だ! もうあんな暗い場所になんて居たくないんだよ!!』
『助けてよ! 寒いんだ暗い冷たいよ!!! 嫌だ嫌嫌嫌ッ! 怖い……!』
堰を切ったように、西園寺の口を借りて子どもは怒鳴る。
「──もう嫌だ、と」
「──あんな場所に居たくない、と」
「──助けてくれ、と」
まだ、小学一年生の子どもの言葉。
優しい奴なら、何かしら慰めの言葉でもかけてやれるのかな?
──けど、オレは。
「なら、どうして君は……他の人を同じ目に遭わせているの?」
西園寺に取り憑いた子どもに、そう問いかける。
『──え?』
驚いたのか、そんな間の抜けた声を上げる子どもに、
「君が連れて行った人達にも、お母さんとお父さんは居るし、帰る場所だってある」
「それを君は我儘で連れて行ったワケだけど……なんでその人達がそんな目に遭わなくちゃいけないの?」
「──ねぇ、どうして?」
そう、問いを重ねた。
──それに、だ。
「それにさ、君の事を本当に嫌いになっていたなら……ボロボロになってまで君を捜したりしないと思うよ」
だいぶ前の記憶だが、当時のニュースで見たこの子の両親はボロボロの姿だった。
──母親の髪はグシャグシャで、顔もやつれていた。
──父親の方も、無精髭は伸び、服も皺だらけで……。
両親、共に目の下には濃い隈を浮かべて……何日も碌に休まずに子どもを捜しているのが見てとれた。
それを嫌いになったから、とか、迎えに行っていないなんてどうして言えようか?
呆然とした表情を浮かべる子どもに、
親の愛情を疑い、何度も迎えに来ていた事実に気が付きもしなかった子どもに、
──ハッキリと教えてやろう。
「君の両親は、間違い無く君の事を『愛している』。その証拠に、ボロボロになりながら何度も君を迎えに来ていた事をオレも含め、多くの人が知っている」
『──ッ!』
その場に立ち上がり、息を呑む子どもの手を掴み、ついて来いとその手を引く。
…………もう、あの全身が総毛立つ感覚は無くなっていた。
◆◆◆
『ね、ねぇ! 何処に行くのお兄さん!』
「こっち。もう少しで着く」
手を引き、ズンズンと月夜乃外苑の入り口近くまで歩いてゆく。
『僕そっちには行けないよ! 此処から出られないんだ!』
「此処からは出ない。ほら、着いたぞ……見てみろ」
そう言うと、子どもが訝しげに顔を上げる。
──其処にあるのは、掲示板。そして無数の紙が結び付けられた小さな木だ。
『なに、コレ……? こんなの、僕が此処に来た時には無かった』
「そりゃそうだろ。君が行方不明になってから置かれたモノなんだから」
不思議そうな顔を向けて来る子どもに、
「──この木の名前は『願いの木』って言ってな、とある人物への願いを込めて植えられたモノなんだそうだ」
まんま、その隣に立っている板の説明である事はナイショだ。
にしても、存在はニュースで知っていたが……木にめっちゃ紙結ばれてんな?
『とある人物への願い?』
「ああ。どうかその子が見つかりますようにって、な?」
子どもは目を見開き、紙が結び付けられた木を凝視している。
「信じられないのなら、見てみたらいいだろ? どうせ、君への願いなんだから」
そう言って、心の中で御免なさいしつつ、木に結び付けられた紙を幾つか取り──子どもに手渡す。
『鴉間くん。どうか帰ってきて下さい』
『お母さんもお父さんも、貴方が帰って来るのを待ってるよ』
『どうか鴉間 陽一くんが見つかりますように』
綺麗なモノや汚いモノ、丸いモノや達筆なモノ、様々な字で書かれた『願い』そのものだ。
それに、極め付けは──、
「ほら、掲示板も見てみるといい」
『──ぁ』
数々の願いから、掲示板へと目を向けた子どもは小さく声を上げ……次いで、ポロポロと涙を流す。
『──陽くんへ
もし、このお手紙に気が着いたら……見てくれたのなら、どうか、帰ってきてください。
みんな、陽くんが帰ってくるのをまっています。
お母さんも、お父さんもずっと、いつまででも陽くんが帰ってきてくれるのをまっているからね。
鴉間 一葉/鴉間 陽介より』
『これ……ママの字だ』
ポツリと、子どもは呟く。
『ずっと捜して、それでも見つからなくて……でも貴方の事を諦める事もできなくて、その紙に願いを託したのよ』
『──狸さん……』
「送り狸?」
近くの茂みから、送り狸が飛び出して言い放つ。
──え? まさかコレ、土御門さん達もついて来てるのか??
『だからお願いよ! その人の大切な人達を返してあげて!!! 代わりに、人間じゃないけどアタシがずっと一緒に居てあげr──』
「──なに言ってんだお前は? 話しをややこしくするなバカ!」
いきなり阿呆な事を口走るバカ狸の頭に、拳骨を落とす。
『何すんのよ!!? アタシがせっかく覚悟と気合入れて身代わりになってあげようとしてたのにぃ!』
「誰かが身代わりになるとかマジで胸糞悪くなるからやめろ!」
『じゃあどうすんのよ!? その子の願いは、「お家に帰りたい」か「一人は嫌」なのよ?? 遺体の場所がわからない以上──』
「──遺体の場所なら、大体検討がついたよ。いいから、少し静かにしてろ」
キョトンした顔を向けて来る狸を無視し、オレは子どもへと目を向ける。
「はぁ。なぁ、君……オレと一つ、取引をしないか?」
『──取引?』
「ああ。君を必ずお家に帰してやる……その代わり、君が連れて行った連中を全員返して欲しい。どうだ?」
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