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3rd

「以上でルール説明を終わらせていただきます。何か質問のある方はおられますか?」

 ファイルとパンドラの説明で、大まかなルール把握することができた。

 要は後で配布されるピストルで他のプレイヤーを撃っていけば、相応する箱が増えて生還率が上がるということらしい。だがそこにワーウルフとダミーウルフという壁が立ちふさがる。

 ワーウルフとは言葉の通り狼人間を意味しており、狼男伝説と同様に普通の銃弾が効かず、撃った時点で返り討ち、つまり無条件でゲームオーバーにされてしまう。しかし一人に一発ずつ渡される銀の銃弾(シルバーブレッド)のみが、倒すことができる唯一の得物であり、倒すと箱の個数に関係なく、無条件に生還することができる。またワーウルフ自身は銀の銃弾を使用していないプレイヤーには、抹消行為ができない。逆に言えば銀の銃弾を使わなければ、ワーウルフに狙われることはない。そしてワーウルフ自身の生還条件も他のプレイヤー同様に相応する箱を開けるものであり、撃てないのに狙われるという、ある意味では最悪のポジションに位置している。唯一の救いはダミーウルフが相応する箱が全てワーウルフと相応するようになるために、他のプレイヤーよりも箱を増やしやすいということくらいか。

 一方で、そのダミーウルフという役は『偽の狼』の呼び名に相応しく、ワーウルフと同じでシルバーブレッド以外に倒されることがない。反面、プレイヤーはワーウルフを倒しても特典にはならず、ただ普通に相応する箱が一つ増えるだけ。おまけにダミー側から他のプレイヤーを撃つことに制限がなく、最も相手にしたくない相手である。ただし、生還条件は他の役割とは大きく違って、ゲーム終了の時間まで生き残っていることである。よって他のプレイヤーも同様だが、ゲームが終盤に近付くにつれて狙われる可能性が高まる。自らが生き残るために他のプレイヤーに手出しをせずにジッとしていると、それぞれのプレイヤーが温存しておいた銀の銃弾に狙われるリスクも高まる。かといって返り討ちにあう確率がノーマルよりも高いために、安易に抹消を繰り返していると他のプレイヤーに目をつけられやすい。

 そのため迂闊に手出しができず『食事には一日二回以上でなければならない』などの行動を強制するルールがプレイヤー全体に適応されるために、ずっと自室に引き籠っている訳にもいかない。

 そして一人のワーウルフと、二人のダミーウルフ以外がノーマルと呼ばれるプレイヤーとなる。

 他にも制限時間は三日間のうちに行われるイベントをクリアできないと何かしらの不利な条件が押し付けられる、主催者を使って他のプレイヤーに差出人不明のメールを送ることができるなどの細かいルールまでしっかりと詰め込まれていた。

「一つ、おたずねしてもいいですか?」

「どうぞ、藤吉様」

 藤吉と呼ばれたのは、あの知的な雰囲気を醸し出す男性だった。ハーフフレームの眼鏡を細く長い中指で軽く掛け直し、小さく咳払いをした。

「ワーウルフが狙えるようになる『銀の銃弾を使用したプレイヤー』というのは、言葉のまま銀の銃弾を発砲したプレイヤーなのでしょうか? それとも他者かに自分の銀の銃弾を発砲されたプレイヤーなのでしょうか?」

「銀の銃弾には持ち主を識別する能力はありません。それなので言葉のとおり、銀の銃弾を“使用したプレイヤー自身”ということになります。従って銀の銃弾を発砲したプレイヤーのそれが他者のものだった場合、プレイヤー自身の銀の銃弾を所持しているということもあり得ます」

「わかりました。では、すでに生還した人物と相応していた箱はどうなるのでしょうか?」

「生還したプレイヤーと相応していることしてゲームは継続するので、相応するプレイヤーが不在のまま、その効力は残り続けます」

 つまりは相応者がいないだけの箱であり続ける。プレイヤーからすればトラップとなるというわけか。

「ですがワーウルフ以外の人物が、最初に二人のダミーウルフと相応していた箱の両方と相応していれば、相応するプレイヤーが不在の箱と相応していることと同じことになります」

「なるほど。ありがとうございました」

 お辞儀する姿勢すら画になるほどだ。藤吉さんは、何かに気づいたように口元に冷やかな笑みを浮かべる。

「それではルール説明を終わらせていただきます。ルールはある程度把握されたと思うので、今一度お聞きします。この中でこの『パンドラの箱』の参加を辞退される方はおられませんか?」

 シンと張り詰めた空気。

「あのぅ〜」

 その雰囲気に抗うのは度胸が必要だろう。ひ弱そうに手を上げるのは、背の低い女性に俺は賞賛を贈りたい。その女性は身長は辛うじて百五十センチはあるだろうかというくらいに小柄で、両頬の雀斑と毛先のパサついたセミロングの髪をしている。総合的には大学生くらいだろうという俺の勝手な見立てよりも幼く見える。だが俺と同い年と言っても何ら違和感はないほどだ。

「なんでしょうか、工藤様」

「参加を辞退するとやっぱり生還する権利もなくなっちゃうんでしょうかぁ……?」

 喋り方も幼さを強調するようなものである。一部の性癖者には、比類ないほど支持されるに違いない。

「はい。端的に申しますと、そのようになります。ここで何事もなく死を選ぶのか、それとも罪悪感を背負ってでも生き返るのかはプレイヤー候補の皆様の御判断に御任せます」

「はっ、ふぅ……。ありがとうございましたっ……」

 戸惑い、不安、背徳心、絶望、それに微かな期待。それらを織り混ぜた複雑な顔で工藤さんは歯切れが悪く言葉を絶った。

「……あの子、あの二人のどっちかに取り込まれるわよ」

 舞さんは耳元で呟いた後に口角を引き上げ、こぼれた熱く柔らかい吐息がその場で広がる。

 思わず「えっ」と声を僅かに漏らしてしまったのを隠しながら、横目で視界に納めた舞さんは他のプレイヤー候補たちとなんら変わらぬ神妙な表情をして、パンドラを見つめていた。 しかしあの二人って誰なんだろう? 藤吉さんだろうか。それともあの黒髪の男性か。もしかしたら極道っぽい巨漢かもしれない。その他の可能性もある。

「それではこれで皆さん全員を『パンドラの箱』プレイヤーとさせていただきます」

 結局舞さんの言ったあの二人の意味がわからないまま、パンドラの言葉で説明会は御開きとなった。

 一区切りついたからかパンドラはふっと息を吐いたが、それと同じように心に区切りをつける者はいない。さっきまで殺人という言葉に凍りついていたメンバーとは思えないほどに、殺伐とした雰囲気を背中越しに感じる。

 これからは冗談ではなく、今現在、隣に立っている人間に殺されてもおかしくなくなる。そしていつかは俺が誰かを殺めないといけない時が来るだろう。それは間違いない事実で、早く覚悟を決めないといけない。自己暗示のように同じ言葉を何度も何度も頭の中で繰り返し続ける。

「それではプレイヤーの皆様、最初におられた御部屋に御戻りください。そこで銃と銃弾、それにパンドラの箱と役割の充てられた封書を届けますので、放送で指示があるまではそれぞれ自室に待機していてください。先ほども申しましたが、ゲーム開始の放送から七十二時間がリミットとなります。皆さま、ご健闘お祈ります」

 俺はそこで思考を一度停止させた。本当に俺は人を殺せるのだろうか。

 その時が来なければ答えはわからない。でも多分俺はやれるはずだ。香奈との約束があることが胸にあるから。そう自分に言い聞かせて鼓舞する。だが本音はその時が来ないでほしいと願うばかりであった。

 パンドラの言葉を皮切りにプレイヤーたちは、思いつめたようにゆっくりと引き揚げ始めた。俺も流れに乗ろうとした時、急に肩を叩かれた。

「全員の後ろ姿を見てみなさい。誰が生き残りそうか、なんとなくわかりそうでしょ?」

 舞さんに言われて、プレイヤーの後ろ姿を意識してみる。

 藤吉さんを筆頭とした自信のありそうなプレイヤー達は背筋がピンと伸びているし、逆に工藤さんを始めとする自信のなさそうなプレイヤーは背中が小さく感じる。自信と結果が決してイコールになる訳ではないが、何かしら策を持っていそうな人間は覚えておいて損はないだろう。

 だけど舞さんは何者なんだろう? 敵になる俺に生き延び方を指南してどうするつもりなんだろうか。それに俺には的確だと思えるほどの知識はどこで手に入れたものなのか。彼女への疑いは募るばかりである。

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