表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

2nd

 部屋に入ってきた俺たちを待ち構えていたのは、九人の眼差しだった。

 変色し始めた血によく似た色の絨毯が敷かれ、汚れのない純白のテーブルクロスが掛かった円卓が三つ並ぶ。たった一人を除いて、一見すればテーブルに並んだサラダやワインを手にとり、立食パーティーを楽しんでいるようにも見える。だがそこに笑いなどは存在していない。相手に悟られぬよう、わざとらしい笑顔を作る者もいるが、いくら耳をすませども乾いた笑い声さえも聞こえてこない。

 皆が傍らに抱えるファイルを見れば、理由は自ずと検討はつく。

 だがさっき俺が視覚的直感から除外したたった一人だけは、他の八人と一線を画した異様な雰囲気を放っていた。

 舞台というにはあまりにもお粗末な壇上に彼女は一人佇んでいた。銀のショートボブに、修道服に似た黒い装束を纏った少女。年齢は十二、三だろうか。和風な顔立ちをしているものの、ルビー色の瞳が確信へと結びつけてはくれない。凝視しなければ、人形にも思えるほどに異質な空気を放つ彼女から醸し出される威圧感に、息苦しささえ感じさせられる。それまで静かに壇上の隅で佇んでいた少女は、ゆっくりと中央へと歩み寄り、小さく口を開いた。緊張している様子は見受けられない。

「……全員揃ったようですね」

 その声を聞いて、直感が教えてくれた。

 間違いない。彼女があの時、俺に問いかけてきたんだ。

 彼女の声はとてもじゃないが大きいとはいえなかったが、不思議なことに次の瞬間には俄かに騒がしくあった室内に澄み渡り、瞬時に静寂を作り出していた。

「ではこれより『パンドラの箱』についてのルール説明を始めていきます。まずは自己紹介から――」

 少女は呼吸を整えるように、僅かに間を外す。

「私の名前はパンドラ。このゲームと世界の支配者とでも名乗っておきます」

 ゲームと世界の支配者? その言葉に違和感を覚えた。だが同時に言葉にできない不気味を感じたのも事実で、軽蔑の念などの冷たい感情が溢れだしては虫のように背筋を這いつくばる。

 ふと周囲を見渡すと、他のプレイヤー候補者たちは、誰も彼もが似たり寄ったりな顔をしている。その中の一人、金の短髪とカマキリのような尖った顎が特徴的なチンピラ風の男が声を上げる。

「支配者だと? ふざけるな! どんな手口を使ったかは知らねえが、俺を元の場所に戻せ。あんな刃物を持ってなきゃ何にも出来ねえようなクソアマに、一発ブチ込んでやらないと気が済まねえんだよ!」

 こいつは馬鹿ですか? 思わず隣の舞さんに問いかけそうになったが、とりあえず様子を伺うことにした。もしかすれば有意義な情報を引き出せるかもしれないし、彼女に逆らった場合も見ておきたかったからだ。

 大方の予想のとおりに、パンドラはその感情の深紅の瞳を金髪カマキリに向けると嘆息する。微かな音だったのに、静かな室内にはよく響いた。続いて響いたのは、カマキリ男の舌打ちだった。

「忠告します。関様、あなたを含みここにいるプレイヤー候補の皆さんは幾秒かの後に死する運命にある方々ばかりです。今戻ったところでなにかことを起こす暇なく、運命のままに死してしまうでしょう」

 自分よりはるかに幼い少女に運命を説かれるとは、思ってもみなかった。だがそのギャップを打ち消す雰囲気を彼女は持ち合わせていた。不思議と違和感はなく、さまになっているようにすら感じられた。

「ああっ!? 文句でもあんのか? ガキでも容赦しねえぞ」

 管を巻く関という男の勢いもパンドラの前では空回りしているように見える。心成しかパンドラの目付きがさっきより鋭くなったようにも思える。

「……少し黙って頂きませんか?」

 本能が危険を察知する前にそれは起こった。

 パンドラがそう言った瞬間、金髪カマキリが左手に持っていたワイングラスが砕け散った。ポカンとしているあたり、カマキリ本人が握り潰したのではなさそうだが。

 瞼を忙しなく瞬かせながら、左手と砕けたガラス片とを交互に見つめる姿は愚鈍以外に何と表現すればいいのだろうか。

 冷たい空気が漂う会場で、パンドラは咳払いをする。関とのやり取りを見て、凍り付いたプレイヤー候補たちは咳払いの音のまま、パンドラへと視線を戻す。だがそれを軽く流し見ただけで何事もなかったように彼女は説明を続ける。

「では続けさせていただきます。まずはファイルの二ページをご覧ください」

 各々が様子を窺うように、他人の顔を見回していた。だが舞さんともう一人――黒髪の三十代くらいの男性は、完全に落ち着きはらいながらファイルを開いていた。男性は俳優のような端正なマスクを乾いた笑みで彩り、テーブルの端に立つ眼鏡の似合うウェーブの掛かった茶髪の男性を目の端で睨みつける。

 だが睨み詰められた方の男性も、ほんの一瞬それを視界に収めただけで全く焦る素振りを全く見せず、自然体でファイルのページをめくる。

 険悪なムードの真似なのかはわからないが、他もそれに続いてファイルを開いていく。気づけば何事もなかったかのように、ルール説明は再開していた。

「『パンドラの箱』とは、このページに書かれているとおり、自分と相応する箱を開ければ生還というシンプルなゲームです。この箱に関しては、ルール説明が終わり次第、各部屋へお持ちします。またそのページの中程よりやや下あたりに書かれている『他のプレイヤーを抹消することにより、抹消したプレイヤーの箱と相応することができる』という一文の“抹消”とは、現実世界に於ける殺人と同意語と思ってくださってほぼ間違いないです。ただし抹消方法は、箱と同時に配布される拳銃での射殺のみ認められており、それ以外の方法をとるとゲームオーバーとなりますのでご注意ください」

 事務的に発せられた殺人という言葉に空気が凍りつく。

 あの関という空気の読めないカマキリ男ですら、出血する左手を抑えながら視線を右往左往させ、周囲の異様な雰囲気を感じ取っているようである。

 この空気の中で全く表情に変化を見せないのはパンドラを除けば、隣のテーブルでやけにニヤニヤしながら口へとシーザーサラダを運ぶ極道風の男と、あの俳優顔負けの黒髪の美男子、それと腕を組みながらシャンパンで喉をうるおしている知的な雰囲気を醸し出すあの茶髪に眼鏡の男性の三人のみ。なぜだかわからないが、この三人がこのゲームのキーマンとなるような気がしてならない。

「さて少々難い言い回しが続き、ルールが把握できていない方もいらっしゃるかと思いますので、噛み砕いて説明しますと、まず相応する箱とはなにか。例えば色でイメージしてみてください。赤、青、緑の三色をそれぞれ当てられた三人の人物と同様に当てられた三つの箱が存在するのを想像してみてください。このとき、赤の人物に相応する箱は赤、青の人物に相応する箱は青という具合です。ただし見た目では全く違いのわからない箱ばかりで、この場合に相応する箱を引き当てる確率は三分の一、つまり生還の可能性は三分の一ですが、ここで第二の原則である抹消を当て嵌めてみます。仮に赤の人物が青の人物を抹消すると、青の人物と相応していた青の箱が赤の人物と相応するようになります。即ち青の箱は赤の箱へと変化し、これにより残り三つの箱のうち赤が二つ、緑が一つで赤の人物の生還の可能性は三分の二となるわけです。さらに言いますと赤の人物が緑の人物を抹消すると、緑の箱も赤に変わり、三つ全てが赤となるためにどの箱を開けても生還できる。生還率が百パーセントになるということです。また緑の人物が赤の人物を抹消しても、赤の箱が二つとも緑の箱へと変わるため、緑の人物は生還率百パーセントになります。これでお分かりいただけたでしょうか?」

 わかりやすい説明に心の中で頷いた。

「では説明を続けさせていただきます」

 

 *


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ