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《1.瞬間知解率》 1st

 気づくとそこは駅じゃなくなっていた。それも見れば見るほど安っぽさが際立つ。形容するなら格安のビジネスホテルの一室のような場所。

 駅での夢だったのか? しかし夢だとは思えないほど、リアルだった。

 それとも俺はもう、死んでしまったのだろうか? そう考えた方が、むしろ現実的である。

 しかしこの胸に残るわだかまりは、何なんだろうか。モヤモヤとした嫌な感じが、拭えども拭えども湧きあがってくる。強烈な違和感に蝕まれる心を解き放つには、暫しの時が必要だった。

 さて、どのくらいボーッとしていたのだろうか。未だ自分が置かれている状況が理解できず、ただただベッドの上で何もない空間に視点を泳がせていた。

 だがこのまま、動かないというわけにもいかない。かといって、ここがどこなのかもわからない以上、目の前の扉から出ていっていいものなのかもわからない。現在までの過程が過程だけに、尚更のこと気味が悪い。

 とにかく何かないだろうか? この場所に関するヒントだろうが、俺の状況を示すものだろうが、とにかくなんでもいいから見つけ出そうと部屋中を片っ端から物色し始めた。

 まずは室内を見渡してみる。部屋の広さは六畳に満たない程度。ベニヤ板を張り付けたような安っぽい薄汚れた壁と、その延長に薄汚れた床と天井が存在する。家具らしい家具は俺が腰かけていたベッドと直角に隣接するよう、小さい作業机と椅子が置かれているだけで、これら以外には見当たらない。そして椅子の背凭れから真後ろに直線を引くと、外界との唯一の接点である扉、さらにその上に学校にあったような少し大きめの放送用のスピーカーが取り付けられていた。あとはテーブルの上に、左上をホッチキスで止めた手作り感漂う簡易ファイルと電気スタンド、それに数本のペンの入ったペン立てと少し型の古い固定電話が置かれているだけのなんとも殺風景な部屋である。

 とりあえずコードのついた受話器を手に取るが、外部と繋がっていないのか、無音が続く。試しに自宅の電話番号を押してみるが、無音は続くばかりで外部と連絡は取れそうにない。当てつけに百十番を押してみたが、これもまた通じる様子は全くなかった。不安と憂いから、叩きつけるような強い手つきで受話器を元に戻した。

 次に手を伸ばしたのはファイルだ。ファイルを鷲掴みにし、荒れた心のまま、ドスンと豪快な音を立てながらベッドに腰を落とした。

「……パンドラの箱?」

 太い黒文字でそれだけ書かれた簡素な表紙をめくる。当然のことながら表紙の裏は全くの白紙である。めくったページを最後尾へと送り出した先、つまり次のページには教科書のように規則正しい文字の羅列が続いていた。

「えっと……『パンドラの箱とは、その名の通り、箱を奪い合うゲームである。そして自分と相応する箱を開けることで無事に生還することが出来る、まさに命懸けのゲームである』ってなんだこれ?」

 命懸けのゲーム? 全く以てしっくりこないフレーズだった。普段なら「悪趣味だ」などと笑い飛ばせる俺ですら、ここまでのプロセスを踏まえると苦笑いすらたどたどしくなってしまう。

 だけど何だろう、この根拠のない不安は……。

 やるせなさから、ページをめくろうとする意欲が薄れていくのに目を背け、生還という脱出に似た言葉に募る淡い期待感だけを頼りに続きを読み進める。

「『始めに各プレイヤーに一つずつ配布される箱は、見た目からは誰と相応するか判断がつかない。また他のプレイヤーを抹消することにより、抹消したプレイヤーの箱と相応することができる』……」

 とりあえずこれは関係なさそうだな……。

 生還という魅惑の響きに誘われたが、それに続く抹消なんて物騒な単語は正気の沙汰じゃない。

 きっと俺には関係ないだろう。たぶんゲームか何かだろう。そうでないことへに願いを込め、心の中で自分に言い聞かせながらファイルを机の上に戻した。

 そして再び室内を物色しようかと机の引き出しに手をかけた、まさにその時である。スピーカーからデパートのアナウンスのようなピンポンパンポンの四音が流れたかと思うと、女性の声が聞こえてきた。

 それは、駅のホームから転落した時に「生きたいですか」と問いかけてきた声の主である。

「プレイヤー候補者各位へ、ご連絡いたします。全ての候補者が揃いましたので、テーブルの上のパンドラの箱と書かれたファイルをご持参の上、“天獄の間”へお集まりください。“天獄の間”へは、扉から出ていただきました後、T字路の突き当たりを左へお進みください。十分以内に来られない方は生還への意思がないと判断し、プレイヤー候補から除外させていただきます。繰り返します――――」

 放送にあった『パンドラの箱と書かれたファイル』がこの部屋にある以上、おそらくは俺はそのプレイヤー候補ってやつなんだろうと悟った。

 生還に抹消と、物騒な単語を用いなければ語れない世界に自分が落ちていくことを知ると、身震いがした。

 だがここで一つの疑問が、湧き上がる。本当に出ていったところで危険はないのだろうか? この部屋には身の安全を保証できるものはおろか、身を守るための得物すらない。『他のプレイヤーを抹消』と書かれていたのだから、丸腰で出ていく方がよっぽど危険のような気がしてならない。だけど放送の最後の方にあった『生還への意思』という言葉も気にかかる。生還への意思――――つまり出ていけば生還できる可能性があり、出ていかなければその可能性すら失う……。

 微妙なバランスのまま、心のシーソーは拮抗する。


 *


 最終的に俺は素直に出ていくことを選択した。ファイル片手に、少し開けたドアの陰から外の様子を伺う俺は、見様によっては変質者だろう。いつもならそんな自分を滑稽だと笑い飛ばす俺なのだが、今回ばかりは不安さから僅かな失笑すら出てこない。

「ほら、少年! ビビってないで出ておいでよ」

 不意な女性の声に驚いた。思わず出そうになる声を抑えようとするが、文字にできない奇怪な音となって発せられた。

「ははっ、男の子なのにねぇ~」

 愉悦を含んだ二言目。正直、カチンときたが、こんなところで下手なことを起こすわけにもいかない。万が一にも彼女がここの関係者なら、情報を聞き出したり、場合によっては脱出するための人質ともなりうる。最悪、相手が得物を所持していたら、俺が危惧していた最悪のシナリオを辿りかねない。

 彼女に見えないよう深呼吸をし、なるべく平静を装いながら扉の陰から姿を現す。そして女性と対峙した瞬間、俺は驚いた。

 声の主らしき女性は、二十代後半くらいだろうか。ミルクティー色と形容したいような金に近い茶髪を後ろで一本に縛り、大きな目を淵の無い小さな眼鏡で隠している。通った鼻筋といい、笑窪といい、文句なしの美人だ。髪を解き、眼鏡を外せは、テレビドラマでヒロインをやっていてもおかしくないほどの美女である。

「あら、ちょっとかっこいいかも♪ ねえ、お姉さんと遊ばない?」

「…………」

 見た目は美女ではあるが、言動が完全に不審者である。得体のしれない場所で、ここまで呑気でいられるのは、やはりここの関係者だからか?

「うーん、冗談が通じないなぁ、もう……」

 口を尖らせて不機嫌さを演出する彼女。しかしほんの数秒後には表情を反転させ、人懐っこそうな笑みを浮かべていた。

 刹那、視線を俺の右手に落とす。

「そのファイルを持ってるってことは、あなたもプレイヤー候補の一人なのかな?」

 あなたも。その言葉が出てくるには比較対象が存在するはずだ。そしてここに居るのは、俺とこの女性の二人だけ。ということは俺の推理が外れていたことを意味していた。

「はい、大槻真人って言います」

 とりあえず声を張った返事をすれば、嫌われることはない。中学時代に野球部で身に付けた知恵だ。今後が読めない現状では、コネクションを築くことが有利に働く可能性が高いだろうし、一人でいるときに湧き上がってくる不安を、何よりも先に振り払いたかった。

「ふーん、真人君ね……わたしは及川舞。舞でいいわよ」

 そう言うと彼女はふっと笑う。それ以降も舞さんが、品定めするような下卑な視線を向けてくることは一切なかった。普通ならごく自然なことだが、俺と同じ状況に置かれているのなら、俺が現にそうしているように味方を選ぶべきだろう。現状では味方にして得になる人物なのかと不安にさせる。

 その後、暫しの他愛もない会話が続いたが、状況が状況だけに大きく盛り上がることはなかった。

 俺が読んだそのファイルの続きに何が書かれているかはわからない。だが『他のプレイヤーを抹消』と書かれている以上、場合によっては彼女を切り捨てられる可能性があることはわかっている。だからこそ互いに相手の素性を探りながら、尚且つ自分を正当に見せようとしているこの雑談は大きな意味を持っているように思えた。

 そして会話の最中、どちらともなく放送で指定された『天獄の間』へと歩みを進めていた。

「それじゃあ開けるよ」

 舞さんは確認とも意思表示とも取れないようなトーンで発言した後、重厚そうな光沢のある木の扉を開いた。

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