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3rd

 強引に決まったポーカーのせいか、工藤、宇野の両名は、逃げるように天獄の間を後にした。

 仕組まれたと言っても過言ではないほど無理やり押し切られた格好だし、これ以上なにを注文されるのかわからないのだ。俺も彼女たちと同じ立場なら、同じく足早に退散していたと思う。

 複数で弱者から利益を吸い上げる今の構造は、世間一般で言うところのイジメに近い。正直言って、吸い上げる側に立つ俺でも後味は相当悪い。

 しかし生死が賭かっているのだから、仕方がないと割り切るしかない。対戦相手として知り合った相手に情けを掛けて引き下がるつもりはないし、この程度の罪悪感でギブアップするのなら、元々このゲームには参加していない。

 正直、自分でもどうにかしていると思う。それはたぶん木田のおっさんが死んで、都城さんが死んだのが一因だ。だけども今更、道徳的になるほどの甘さはこの異様なゲームには不必要だ。誰かを殺せと言われた時には、すぐに殺す覚悟はしてきたつもりである。

 静まり返ったというか、喧騒など微塵もない室内は、異様な雰囲気を醸していた。ゲームを持ち掛けた小宮山さん。ポーカーを提案した舞さん。全てを見透かしたように静観し、被害者となる二人の最後の退路を断った藤吉さん。

 概ねの三者の考えは、工藤さんと宇野さんの両名から搾取するとの方針で一致していることだろう。あとは詳細を決めるだけ。少なくとも俺が分かっていることくらいは三人とも理解しているはずだ。あとは誰から話を切り出し、どう話を動かしていくか。その為の間合いが俺を除いた面々の間で計られていた。

 下手なことを言えば、俺も絞られる側に回るかもしれない。そんなネガティブ思考が、頭の中でチラついている俺には、到底話を切り出すことなんて不可能だろう。ただこの居心地の悪さの中でも、耐え忍ぶしか選択の余地はない。誰も俺のことを守ってはくれないのだから。

「……もういいかな」

 ポツリと一言、静寂を破ったのは藤吉さんだった。懐から眼鏡ケースを取り出し、中に入っていた布で、掛けていた眼鏡のレンズを拭く。完全に落ち着き払っていた。

 無防備にしか見えない行動は、俺を含めた他の三人がこの場で抹消を行わないことを前提としていることに他ならない。ある意味では、抹消を行わないだろうとの信用の意思表示でもある。

 この場で抹消してみろとの挑発の意味合いがあるのかは置いておくとして、今の彼の一言はあまりにも不可解である。もういいかな、とはどういう意味だろう?

 ここで話を切り出すとしたら、流れ的にも小宮山さんか舞さんかからなのが筋だ。それならば話の催促かと聞かれると、明らかにそうではない雰囲気だ。

「返事くらいしてくれないか? 三人いればなんとかなるんだろう。それならば僕は降りるよ」

 眼鏡を拭きながら。焦った様子もなければ、それ以外の感情も表には出していない。それでもお見通しと言わんばかりの藤吉さんから、有無を言わさない威圧感がにじんでいた。

 これに対して小宮山さんはフッと鼻を鳴らす。言葉を推挙するうちに滑稽になったのか、自然と口元に無機質な笑みが浮かぶ。

 小宮山さんの内に存在する二面性。それらがフラストレーションしたのか、笑い声となって溢れだした。

 上向きながら掌で顔の上半分を覆い、首を逸らす。奥歯を噛みしめて、笑いを空気のように一通り吐き出すと小宮山さんは、急に表情を隠し、言葉を返した。

「おいおい、マジで言ってんですか? あんたが参加しなかったら、成立しないでしょうが!」

 律義な小宮山さんのイメージに反する冗談のような口調だが、語尾の強さといい、睨むような眼差しといい、明らかに彼は怒っている。

 俺には分からないが、藤吉さんが参加しないと当初の思惑通りに進行しないようだ。ここで話が成立しないとなると、色々なひずみが出てきてしまう。

 例えば直接的な損失ならば、ライフ・トレードで成果を上げることが出来なくなることだ。また内情を把握した藤吉さんの行動次第で、工藤さんや宇野さんに避けられ続け、抹消のチャンスさえも失ってしまいかねない。それどころか作戦を企てていたことからマークされ、ノーマルだと判断するに足りる要因を与えてしまえば、逆に狙われるリスクも生まれる。

 言い出しっぺの小宮山さんと具体案を提示した舞さんは、意地でもポーカーを成立させ、工藤さんか宇野さんかのどちらか、或いは二人共から搾取しなければ、採算が合わないのだ。

「僕は大真面目だよ。彼女たち二人と君たちを天秤に掛けたらわかるだろ。なんなら彼女たちにこのことを伝えてもいいんだよ」

 藤吉さんの考えは、こうである。

 スズメバチはミツバチを襲い、食料にしようとする。だから両者を遠ざけ、自らの手元に置くことによって、甘いハチミツを得ようということだ。この場合のスズメバチが小宮山さんと舞さんで、ミツバチが工藤さんと宇野さん。もしかしたら俺もスズメバチに含まれるのかもしれない。

 確かにそうなれば、藤吉さんの利益は大きい。しかしここで宣言することによって、スズメバチはそれを阻止しようとしてくるのではないのだろうか。

 スズメバチの毒性は周知のとおり。俺には藤吉さんはわざと刺されるように、刺激しているのではないかと思える。その思惑は全くわからないのだが……。

 舞さんはともかく、小宮山さんは相当焦っているようだった。ここにいる全員に聞こえるような盛大な舌打ちをした。足元は見えないが、小刻みに揺れているのは貧乏ゆすりのせいかもしれない。

 そして次の瞬間には、何かを思い立ったように大きく息を吐き出し、鋭利な視線を藤吉さんに向けていた。明らかな敵意だ。

「そっちがその気なら、こっちにも考えがある!」

「ほう。考え……ね」

 敵意を剥き出しの視線が互いを捉える。

 まるでゲームの主人公とラスボスの会話だ。しかしこんな会話をしている段階では、主人公はラスボスに遠く及ばないのが常である。

 レベルやランクのような概念こそないが、冷静さを欠いた小宮山さんより藤吉さんの方が何倍も上手なのは手に取るようにわかる。

「まあ、頑張りなよ。それとあんまり僕を失望させないでくれよ、寛治君」

 藤吉さんは嘲笑を口元にあつらえ、天獄の間を出ていった。

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