5th
木田のおっさんがゲームから離脱した――パンドラに言われた時には、言葉のイントネーションからか、それほど恐怖を感じなかった。たぶん抹消されたなんて直接的なニュアンスで言われても、そもそもピンとこなかっただろうから、どのみち軽いノリで流していたと思う。
だけど今回は違う。目の前で関が都城さんが抹消され、親近感を感じていた鳴海がその関を抹消した。始めは自分の肩を撃たれた痛みと銃口を向けられて死を覚悟してから、それについて何も思うことはなかった。むしろ抹消された都城さん光となって散っていく様を美しいとすら感じていた。
でも――――それはどうかしていただけだった。
鳴海と別れ、自室に籠った今となっては、足が震え、自分に与えられた拳銃に触れることすら躊躇してしまう。いや、触れるどころか凝視するのもままならない。
今はただ単純に拳銃が怖い。猛犬を目の前にした子どものように。
関と都城さんの散り方を考えると、やはりこのゲームは異常としか言い表わせない。藤吉さんとの会話で触れた脱出口についてもおそらくは存在しないだろう。トリックのないパンドラの力は人間の理解の範囲を超えている。俺はただ絶望し、恐怖した。
自分が抹消されるかもしれないという危機感に、パンドラへの恐怖が加わったその結果として、部屋に帰って来てからの数十分間で、何回もあの箱を開けようとした。
パンドラの箱――生死の最終決定を下す存在。神話にある同じ名前の箱には、希望が残っているとか、絶望が残っているとか言われてるけど、今の俺にはこの状況からの離脱、なんて響きが甘ったるくて、生還という本来の目標を見失い、つい手を伸ばしてそうになる。ただこの状況から逃げ出したかった。誘惑に負けそうになるたびに、無意味な天井の木目へと視線を泳がせて気持ちを逸らした。とてもじゃないが開けたい衝動を長時間抑えられる自信がしなかった。
一体俺はどうなってしまうんだ? 答えのない問い。生還できる可能性なんて不確定要素だけが今の俺を繋ぎとめる。この後すぐに抹消されると分かっていれば、何の躊躇もなく箱を開けることが出来たはずのに……。
運命なんかを信じていない俺が運命を呪うんだから、相当追い込まれているようだ。
「ちくしょー……」
細々とした声で当てつけのようにつぶやいた。震える足を引きずりながらベッドの上に寝転がる。靴を脱ぎ忘れたことに気付いたが、もう脱ごうとする気力さえ残っていない。
そのまま時間だけが無意味に必然として流れていく。やがて行き場を失った苛立ちと焦燥感に苛まれる自分自身へと話しかけ始める。たぶん俺が考えることが苦手な体育会系だからだと思う。こんなこと、正気じゃできないなと思いながらも、それ以外には手詰まり状態。自分の馬鹿さ加減といい、ヘタレ具合といい、反吐が出る。
「あの時、俺は都城さんを狼だと見越して、接触しに行ったよな。でも暴走した関の銃弾が俺の肩を掠めて、次の銃弾で都城さんが抹消されて……」
そこまで言いかけて、俺はふと気付いた。
二発目の銃弾としてわざわざ銀の銃弾を使用するか、普通? いくら戦略無用の関といっても、無意味に二発目として準備する可能性はかなり低いと言えるだろうし、むしろ子どもみたいにゲームとはどうでもいい色合いなんかを考慮して、最初や最後、或いは手持ちに取っておく場面すら想像がつく。つまり都城さんは狼じゃない可能性が高いのではないか?
俺が到った確信に近い結論。 精神的に瀬戸際まで追いやられ、逃げの一手ばかりが浮かんでいたというのに、形勢を立て直す足掛かりになる推論を立てるんだから、俺もつくづく悪運が強い。
しかし俺の仮説が正しいとして、さらに関と木田のおっさんがノーマルなら、俺は狼じゃないから、ゲームに参加している六人中三人は狼である。鳴海があのタイミングで関を撃ったんだから、関も限りなくノーマルだと断言できる存在で、あとの不確定要素は木田のおっさんだけだ。
舞さんの予想じゃ、木田のおっさんを抹消したのもパートナーである鳴海の可能性が極めて高いらしい。
昨晩の銃声は一発のみ。銀の銃弾を使った人物じゃないとワーウルフは抹消を行えない。よって鳴海のワーウルフ論は棄却。
おまけに関との小競り合いの最中でも、死闘を繰り広げる俺たちを尻目に慎重なスタンスを取っていた鳴海のことだ。初日から抹消を起こすくらいだから、おっさんの正体に目星がついていたのかもしれない。いや、むしろワーウルフだと確信したノーマルじゃなければ、嫌でも目立ってしまうことを予期して、発砲なんてしないだろう。よって鳴海のダミーウルフ論も消去。
結局のところ、鳴海は木田がワーウルフだと予想し、それを外したノーマルだと断言しても過言ではない。
加えて、木田のおっさんと都城さんを抹消した関の二人を抹消した鳴海が現在保有する箱の権利は四個分。俺が鳴海を抹消出来れば、自分のものを加えて五つということになり、五割で生還できる。
こんな調子で、俺の思考する速度は上がっていく。勢いに乗った時には、誰にも手をつけられないのが体育会系というもの。
結局昼食の時間まで、細部を無視した荒削りな推論をたった一人で重ね続けた。




