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2nd

「関さん、あんた本気か?」

 意味のない質問で時間を稼ぐ。おそらくこんなことをしてきているのだから、関も十中八九ノーマルであることに間違いはない。誰かがこの光景に遭遇し、俺と同じ論理で関をノーマルだと認識してくれれば、助かる可能性がある。

 だが仮に他の人物がそれを見つけたところで、助けてくれるだろうか。それを理解するくらいの人物なら、関を撃ってしまえば今度は自分がノーマルだと示していることに気づくだろうし、関が俺たち三人を始末したところで、関を抹消すれば確実に四人分の箱を一瞬で手にすることが出来ることも容易に判断できるだろう。

 つまりはどの道俺たちが自分たちで何とかしなければ、助かる確率は限りなくゼロに近いということだ。

「本気じゃなきゃ、こんなことするわけねえだろ。それに俺、朝飯の時に気付いたんだ。あんたらはビビって、俺を殺せない。違うか?」

 口振りからすると、何か勘違いしているようだが、それが現状での関の優位を揺るがすものではない。だがもしかすると、説得次第では何とかなるかもしれない。

 関が食事にも出てこれなかったのは、ルールを把握していないからこそ、全員が拳銃を持っている状況に怯えていたからだ。よって怯えが解消されたから出てきたにすぎない。つまりは誰にも撃たれないこと理由を勘違いしているわけで、ルールを理解しているということではない。ここで関自身の不利益を説けば、助かるかもしれない。

「……違いますよ。相手によっては、撃ったあんたが逆に死にます。それがルールですから」

「はぁ? 何がルールだ、要は殺せばいいんだろ?」

 大きく口を開いてわざと惚けた顔をつくり、俺を罵る関。その表情に腹が立ったが、それはこいつがルールを把握していないと確信するに至る要因に違いなかった。

「撃つのは勝手ですけど、いいんですか? これはルールですからね。負ければ正真正銘の死亡ですよ。例外なんてパンドラが出すわけないと思いますし」

 初日にパンドラの力を実感した関なら、この発言に僅かにでも怯むはずだ。銃を持っていない左手に撒かれた包帯は、黒く変色した血がべったりと染み込んでいた。その手は何かを握り締めようとするが、するりと抜け落ちる。不格好に左手は、空を切って握りしめることでその動きを終結させた。

 するとどうだろうか、塞がっていた傷口が開いたのか、白と赤っぽい黒とのコントラストに鮮やかな赤が加わる。ぎらぎらとした印象を受けたそれを、関はなお一層強く握りしめた。

「……パンドラがどうしたっていうんだよ?」

 鋭さを帯びた眼光が、頭の先から爪先までを視界にとらえた。

 釘を刺すつもりが、挑発になってしまったのか。いずれにせよやつの視界には、俺以外に収まっていないようだ。だがここで撃たれれば、ノーマルである俺の一本負け。どう足掻いても、後には引けない状態となってしまった。

 拳銃を構える狂人と俺。想像すればするほど、恐怖で満たされていき、次第に膝が笑い始める。それを鎮めようと、大きく息を吐くが、喉元までもが震えて吐息さえも真っ直ぐには行かない。

「冷静になりましょうよ。ここで俺を撃ったところで、あとの二人の内のどちらかに返り討ちにありますよ?」

 祈るように言葉を吐き出す。

 後方の鳴海は確認できないが、横目で見た都城さんは懐に右手を紛れ込ませている。

 銃の扱いに長けていない素人ばかりが集まっている現状では、数の差が勝敗を左右する。そして一般的な日本人は銃なんて触ったこともなく、せいぜいモデルガンがいいところだろう。見た目からしてただのチンピラでしかない関が射的なんて趣味を持ち合わせていないだろうから、おそらくは当てはまるはずだ。よって自分の情勢の悪さを理解して、引いてくれる可能性は極めて高い。

 ここで発砲すれば後方の二人の内のどちらかに返り討ちにあうことが半確定なのだから、間違っても俺を道連れになんて目論まないでほしいのだが、それがないと言いきれないのは、相手が関だからであろう。

 あわよくばを想定するのなら、狼である可能性が高い都城さんに向かって発砲してほしいのだが。

「……おいガキ! てめえは最後に殺してやる。おいオッサン、早く手を下せ。撃ち殺されたいか?」

 挑発がいい方に作用した。心の中でガッツポーズを決める。

 俺を最後にと言っているのだから、一時的に俺はターゲットから外れる。そして距離感からすれば、鳴海よりも都城さんの方が狙いやすい。つまりここで都城さんは手を下しても下ろさなくても、確実に狙われることとなる。

 関は乾いた唇を軽く舐め、顎をしゃくって都城さんに催促するが、そう易々と引けるはずがない。そんな状態で一分よりも長い一秒が連続して流れていく。

 誰が動くのか、動いた途端に狙われるのは目に見えている。こういう場面では後方にいる鳴海が一番有利そうなのだが、関が何も言わない点を考慮すれば、何かを起こせる体勢でないのだろう。

 そうなると敵味方問わず、誰かにアクションを起こさせるのが、理想と現実のバランスが最も取れている構想だ。他の味方二人を動かして、関の気を逸らすのが安全なんだろうけど、確実なのはもう少し関を挑発して、冷静さを失わせること。ただ俺が撃たれないことを至上命題とするならば、どこまでの挑発が許されるのだろうか。

 関から冷静さを奪いつつ、自分が撃たれない。絶妙な挑発がどの程度かを加味しながら、境目を探して考察する。

 だが熟考も虚しく、ある意味ではラッキーな形で場面は一転した。

 噛みあわせの悪い換気扇や自転車のブレーキなどにもよく似たキュルキュルと金属同士が擦れる高音が、廊下の向こうからゆっくりと近づいてくる。おそらくはメイドさんが、コーヒーサーバーやカップを乗せたカートを押しているんだろう。

 驚きこそしないが、全員の集中力がほんの僅かにだけ削がれた。ピンと張った緊張の糸が、わずかに弛んだ。

 そして関の黒目が背後を気にするように微かにだけ動いた。

 今しかない――その直感のまま、鳴海の飲みかけのティーカップを右手で力一杯、関に投げつけた。

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