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《5.大駄者の栄華》 1st

 勢いのままに駆けだしていた足は次第に減速する。それでも完全に勢いを殺せないまま、ぎくしゃくしたフォームで、談話室へと飛び込んだ。

 本人の言った通り、ソファーにかけて都城さんはテーブルのコーヒーに舌鼓を打っていた。

 特に都城さんが狼かを確かめる案があったわけではない。それでも先走った気持ちを抑えるのは困難なのは自覚していて、傍にいれば些細でも真実の断片を得れる。そう確信して、ここに来たのだ。

 ただ唯一の誤算は、彼が一人ではなく片岡鳴海と四方山話よもやまばなしに花を咲かせていたことである。

 最初に俺に気付いたのは、鳴海だった。口元に紅茶の入ったカップを当てながら、目線を俺の方に向けてきた。猫舌なのか、ほんの僅かにだけ口に含むと、すぐさま俺の方を向き直った。

「あれ~、真人どうしたの? そんなに息を切らせて」

 体力には多少の自信があったらしいが、少し呼吸が乱れていたようだ。

「まあ、暇だったからさ。俺もなんか飲もうかな」

 適当に笑いながら、話をはぐらかす。昨日の自己紹介と同じように、コードのついた古い型の電話でコーヒーを注文した。


「わざわざ私のために来てくれたんですか、真人君?」

 電話を終えて早々、鳴海の隣に腰かけようとしたときに、都城さんが問いかけてきた。都城さんに疑念を持ったからここに来たわけで、自分のためであり、ある意味では都城さんのためでもある。

 しかし都城さんは、何のつもりで俺にそんなことを訊いてくるんだろうか。会話を重ねるということは、自分の正体を知られる可能性を高める行為であるということで、都城さんと話に来たと言えば、本心ではお前を狙っていると要約しても正解に程近い。

「そういうわけじゃないですけど、部屋で考え込むのって得意じゃないですから」

 考えるのが得意なら、工藤さんや藤吉さんのように部屋で推理を巡らせていても、悪くはない。でも俺は根っからの体育会系で、考えるよりも動く方が性に合っている。

「そうか……。まあ来たんだから、ゆっくりしていってくださいよ」

 ニッと笑うと都城さんは、ソファーに深く腰掛けなおした。やや硬いこのソファーに長時間座っているのも、苦痛なのだろう。

 そして彼はテーブルの端に置いてあったチェスボードを手に取った。

「真人君はチェスが出来ますか?」

 一応駒の動かし方くらいは知っているが、もちろんのこと俺はチェスや将棋の類はからっきしで、お世辞でも強いと言われたことがない。

 都城さんには何か思うところがあっただろうか。遠くを見るような、そんな視線で折り畳まれたチェスボードを見つめていた。

 そんな彼に誰かを重ねたというわけではないが、なぜか付き合ってあげなければいけないと思ってしまった自分がいる。

「まあ、一応は」

「それじゃあ、お願いできますか?」

 少し考えるように間を取ってから、俺は黙って頷いた。

 都城さんはボードを開き、中の駒を手元に順番に並べる。

「チェス、得意なんですか?」

 ふとそんなことが気になった。生死のかかったこの場面でチェスなんて思っていなかったから、持ちかけてきた彼に興味を持ったのかもしれない。

「いえ、得意ではないんですけど、よく息子とやってましたから」

 息子という単語が出た途端、都城さんの顔つきが変わる。貧相なサラリーマンから一人の父親に。それを見れば、彼が良い父親だったのだろうと自然と想像できる程だった。気付けば無意識のうちに、話を深く掘り下げていた。

「息子さん、お幾つですか?」

「今年で十二になります。友達に負けたくないからってルールを知ってるだけの私を練習相手にしてましたよ」

 家庭の話をしているとき、彼は生き生きとしている。それこそが彼の生還の活力になっていることは容易に知ることが出来た。

 しかし希望と現実は違う。いくら願ったところで、自身が非情にならなければこのゲームをクリアし、生還することは出来ない。良き父親でいたいのならば、それが彼自身の首を締め付けるに違いない。

「随分、楽しそうじゃねえか。俺も混ぜてくれよ、なあ?」

 嫌味にまみれた声だった。右手に拳銃を構えながら、堅い床を踏みしめる音が一歩、また一歩と近づいてくる。

 それを確認した途端、俺たち三人は同時に立ちあがった。都城さんは背広の内ポケットに右手を突っ込み、俺は拳銃を抜くタイミングを失って、ただ相手の一挙手一投足に全神経を集中させて、身構える。

 しかし全く以てこいつの思考は理解できない。ただ言えることは、下品で、馬鹿で、非情だということだけだ。その事実を頭の中に羅列すると、湧きあがってくるのは恐怖感だけだった。

 絨毯の感触を確かめるように、一歩ずつ関は歩み寄ってくる。その顔は趣味の悪い金の前髪に隠れてよくわからないが、口元には優勢を確信して、優越感に浸った笑みに彩られていた。

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