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4th

 おっさんの部屋は、生活感のないモデルルームのように整頓されていた。ほんの僅かにしわのよったシーツ。ぴたりと机につけられた椅子。手掛かりはおろか、おっさんのいた形跡も枝分かれしたシーツの影以外には残っていなかった。何もないからこそ、不気味が際立てられていた。

 痕跡もなく、人一人が一晩で容易く消え去ってしまう。ゲームで魔王がよく言う『無に帰す』という台詞だが、実際に目の当たりにすると、人間は畏怖することしかできない。

 お前も消してやろうか――悪魔がそう叫びながら恐怖感という名のナイフを喉元に突き立ててくる。頭が真っ白になり、その場に立ち尽くすことしかできない。本当に我が身に迫るのは、明日か明後日か、もしかしたら十秒後になるのかもしれない。何れにせよ、ただいたずらに時間を浪費していれば、確実にそれはやってくる。終盤ともなれば、黙っていて死ぬくらいならと、多少のリスクを覚悟で、普通の銃弾だけで突っ込んできかねない。最悪が過るほどに、俺は身動きが取れなくなっていく。改めて独りの無力さを思い知らされた。まるで泥沼に足を取られたかのように、考えれば考えるほど動きを奪われていく。


 ……もうやめよう。恐れるだけでは進めない。畏怖した結果、一人で踞っていても関のように安息を手放し、おっさんのように命を失うだけである。

 生還すれば勝者。あれほど自分に言い聞かせた言葉を、見失いかけた自分に嫌悪せざるをえない。


 *


 部屋を出ると、ちょうど示し合わせていたかと思うほど、見事なタイミングで都城さんと出会でくわした。少しだけ膨らむ背広の左の胸元と下がった左肩を見れば、内ポケットに拳銃を忍ばせているのはわかったが、それ以外には何も持ち合わせていないのは一瞬で判断できた。

 持ち歩く物自体がないのは参加者全員に言えることだが、猫背で頬のこけた貧相な中年男性が、覇気もなく薄汚れたスーツ姿で歩き回るのは、なんだかみすぼらしく思えた。

「なにかわかりましたか、真人君?」

 都城さんは優しく微笑んだ。そこには生死を賭けたサバイバルゲームのライバルに向ける陰湿な鋭さはなく、近所の少年に話しかけるような人懐っこさが垣間見れる。

「いえ、何も……。都城さんはどこに行くんですか?」

 裏はないだろうが、腹の内を探られるのは誰であろうとまずい。何気なく、話題の矛先を都城さん自身に向けてみた。

 沈みがちに視線を落とす彼は、哀愁をにじみ出しながら、呼吸音のように声を力なく吐き出した。

「もう私の部屋はありませんからね。揉める声が通る薄い壁とはいえ、誰かに襲われる可能性もあるんで、談話室に行こうかと思ってるところです。あそこなら、不特定多数が出入りしていますので、序盤は襲われにくいでしょうからね」

 なんの不信感も持たずに、彼はペラペラと考えを話してくれた。

 居場所を知ったことは収穫だが、逆に鍵がないという既成事実を知らしめられたために哀れみを感じてしまう。親密でない都城さんだからいいようなものの、鳴海や、もしも木田のおっさんが生きていたら、助け船を出してしまうかもしれない。

 非情になりきれない自身の愚かさに、嘆息しそうになる。だが都城さんの目の前で弱さを露呈するわけにはいかず、喉元を過ぎる直前で飲み込む。

 少々訝しげな眼差しを向けられたものの、彼はそれ以上の詮索はしてこなかった。

「また遊びに来てください。その方が狙われにくくなりますからね」

 では、と軽く会釈し、彼は去っていった。

 俺はその背中を見送ることもなく、鍵を開けて自室へと戻った。


 鍵を回して施錠し、念入りにドアノブを回してそれを確認する。抜いた鍵は鈍く銅色に輝いている。これが俺の生命線で、唯一の防具だ。外からも内からも錠をするにはこれが必要で、無ければ都城さんのように居場所を失い、切り立った崖の先端に追いやられてしまいかねない。

 今は大丈夫でも、みんなが自室で休む夜間となれば、その安全は保障されはしない。狼かノーマルかが知られた時点で、生還への道が断たれるのは必然に程近いだろう。しかし役割の知られていない現状でも、朝食終わりのこんな時間から談話室に出ていくものだろうか?

 人の出入りが激しい日中なら廊下の往来を目にされる機会も多いだろうから、鍵のない自室に籠っていても、談話室にいようとも安全性について大差はないだろう。むしろ扉一枚で内側の動きは誰の目にも晒されないのだから、拳銃をドア側に向けながら、自分の命を狙う狩人を待ち続けた方が利口ではないか?

 昨日の一件、俺は抹消の犯人を狙おうとしていたが、舞さんにそれを制された。ダミーは目立たないように、人狼は銀の銃弾シルバーブレッドを使った人間しか撃てない。よって現段階で抹消を目論む者はノーマルと言い切ってもいい、そうやって彼女に諭されたのだ。そして都城さんはノーマルを誘い込めるかもしれないというのに、それをしない。何故か――

 そう考えた途端、たった一つの仮説が浮かんできた。

 彼が、抗うことを制限され、無条件で銀の銃弾を撃ち込まれる可能性を秘めたワーウルフであるか。もしくは自室での発砲騒ぎが目立つという致命的なデメリットになってしまうダミーウルフであるか。彼自身が、部屋で待ち伏せるなんて思いつかなかったと言えば、この推理は根底をなさない。だが確かめる価値は十二分にあるだろう。

 興奮を抑えきれないままに、勇み足で談話室へと向かった。

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