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5th

「では大槻様と及川様にはコインをお渡しします。そしてこちらが黒のカードです」

 事務的な口調でパンドラからコインを受け取った。

 片面にはリアルな羊の横顔、裏面には十字架と三日月が刻まれている。微妙な薄気味悪さに、海外の土産屋にこれが置いてあっても、敬遠するだろう。だが今は喉から手が出るほど欲しかったライフラインだ。握りしめて微かな重さを確認すると、すぐさまポケットにしまった。

「それじゃあ行きましょうか」

 舞さんに促されるまま、パンドラに会釈を済ませて、部屋に戻ることにした。

「本当にあたしがカードをもらっていいの? この後の交渉でのポイントになるわよ」

「俺よりも舞さんの方が交渉上手ですし、交渉相手になりそうなのに面倒くさい人がいますから」

「関君ね……。確かに彼は有力な交渉先ね。説明会から一度も部屋から出てきてないみたいだし、冗談抜きでルールが把握できていないなんてことまであり得そうね」

「さすがの関さんでも、ルールがわからないなんてあり得ないでしょ……」

 そうは言ったものの、俺も自信が持てない。何せあの人は、パンドラに喧嘩を吹っ掛けるくらいの変人だ。普通なら様子を窺おうとするあの場面で、問題を起こすのは、頭が弱い以外に考えられない。天才と馬鹿は紙一重なんて言うけど、彼に関しては紙が一枚では済まされないだろう。一万枚でも足りないかもしれない。

 だが、万が一の可能性だが、関が、藤吉さんが言っていた外部との出入り口の番人だとすれば、あり得ない話ではない。彼の部屋に外部との入口があり、それを悟られないために馬鹿を演じている。

 しかしそれも彼がゲームから脱落してしまえば成り立たない。始めから消えても大丈夫な存在なら、そんな役割を開催者側は用意する必要がないのだから、彼は純粋なプレイヤーだと考えるのが妥当か。

 白壁の廊下の一つ目の角を曲がると俺や舞さんの部屋がある袋小路だ。ファイルの部屋割を見る限りでは、突き当りが都城さんの部屋、向かって左が俺の部屋でその向かいが工藤さん、俺の部屋の隣が舞さんで、その向かいが木田のおっさんの部屋だ。

 天獄の間からは徒歩二十秒足らず、誰とも接触することなく、コインを手に入れられた。あとは部屋に戻って休息をとるだけ、そう思っていたが、舞さんに肩を止められた。

「談話室の方が騒がしいわ。あたしは行くけど、どうする?」

 耳を澄ませば、確かに誰かの声が聞こえる。考え事をしていたから気付かなかったのか。

 男か女か、何人いるかはわからないが、他のプレイヤーたちの会話だ。見つかったところで、その場で抹消される可能性は極めて低いし、話を聞きに行った方が、確実にゲームを優位に進められる。

「もちろん行きますよ」

 舞さんについて、足音を消しながら、談話室へと向かって歩いていく。だが近付くにつれ、声は談話室ではなく、その傍のトイレからだとわかってきた。しかも会話だと思っていた声も、会話じゃないらしい。

「あらら、完全にセックスしてるわね」

 淫らに喘ぐ女性の声が、耳につく。

 さも可笑しそうに、舞さんは笑う。

 どうしていいものかと立ち尽くす俺を舞さんはトイレに引き入れようと、袖を引っ張ってくる。

「やっぱり……戻った方がいいんじゃないですか?」

 だが舞さんは首を振るばかりである。

「これは生還を賭けたゲームなのよ。ただ気持ちいいとか気を紛らわせたいって理由で、こんなことしない。おそらく誰かがカード交換するときの代価として体を差し出したのよ。つまり今後、誰と誰が組むかを知る絶好のチャンスなの。そのくらいはわかるわよね?」

「そのくらい分かってますけど……」

 頭では分かっているが、どうも気恥しい。ましてや世間一般では思春期といわれる年代の俺には、少々刺激が強すぎる。さすがに目の前にいるのが美人の舞さんだと言っても、よからぬ事を起こす気はない。ただ正直な股間部を抑えきれないのに、密室で二人っきりになることが、この上なく気まずいのだ。舞さんなら、俺なんかに興味を持たないとは思うけど、俺の理性と羞恥心がその状況を避けようとしている。

「ほら、行くよ。タイル張りのトイレじゃ足音が響いちゃうから、必ず靴下で移動して」


 *


 結局は舞さんの言い包められ、靴を手に持ちながら一番奥の個室へと入った。

 幸い行為は一番手前の個室で行われており、俺たちの方まで来る可能性は極めて低い。万が一視界に入ってもおかしくないように扉を開け放ちながら、ことが終わるのを待った。

 そしてついにその時が来た。今晩は耳にこびりついたこの声のせいで、熟睡できなさそうだ。

「それじゃあこれで交渉成立ね」

 淡々とした口調で、女がそう言った。

 聞きたくなかったその声。主は十中八九、片岡鳴海だ。そして相手は――――

「ケッ、吊れねえな。さっきまであんなにアンアン言ってたのによ。女ってのは怖いねぇ。セックスはスポーツだ、ってか」

 がっはっはと大声で下品に笑うのは、木田雄大以外にあり得ない。よりにもよって、あのおっさんとは、俺の中の鳴海のイメージが踏みにじられたような気がした。

 しかしそんなイメージで話をしている場面じゃない。鳴海と木田のおっさんが、くっ付いてると分かっただけでも、収穫である。あとはどの程度まで二人がここで話し合ってくれるか次第だが。

「それじゃあ今日はこれで解散しましょ。それにしても高校生相手ってロリコンなのね」

「言うね、嬢ちゃん。でも俺はブスじゃなけりゃ、相手は選ばねえんだよ」

 誰にも知られてはいけない同盟のはずなのだが、二人は騒がしくトイレを後にした。

 外との繋がりがないというのは、換気扇まで存在しないということなのだろうか。強烈な匂いは空間に漂うばかりだった。

 だが、何だろう、この虚無感と苛立ちは。木田のおっさんへの嫉妬か? だとすれば情けない話だ。

「予想とは外れたけど、真人君と組む気はなかったんだね、あの子」

 舞さんの言った通り、鳴海は単に俺を利用しようとしたのか。ハッキリと断言できないが、そう考えるのが筋だろう。

「でもこれであたしと組んで正解だったってわかったでしょ?」

 確かに正解だった。上手く彼女に振り回されていたら、鍵のない部屋で熟睡できず、侵入者に畏怖する明日以降の自分の姿が目に浮かぶ。

「真人君、大丈夫? 顔色悪いよ」

「あー、はい……大丈夫です」

「そう……。今日はとりあえずよーく休みなさいよ」

「はい……」

 空返事しか出ない。

 俺の脆さを垣間見て、気の毒そうな眼差しを放つ舞さん。そんな彼女に見送られながら、どうにか自室へと帰還した。

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