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3rd

「それじゃ~、わたしぃ戻りますねぇ。カードを交換してくれる人ぉ、バンバン電話してくださいよぅ」

 慌ただしくも能天気に、それだけ言い残すと宇野薫は颯爽と天獄の間から姿を消した。彼女の背中を見送ると、無音の溜息の波が押し寄せる。

 まったく彼女は、自己紹介の時から進歩が見当たらない。それに今の発言は、襲われて強奪されるなんてことについて考えついていないことも容易に推察される。命を得るためのゲームなんだから、当然代価は命以外に考えられない。目には目を、歯には歯を、命を得るには命を。太古に存在したハムラビ法典ですらも、その理を十分に理解しているというのに……。古代から現代という時間の流れは、必ずしも人間を進歩されるものではないらしい。

「では一先ず僕も部屋に戻らせてもらいます」

「っんじゃ、俺も戻らせてもらうぜ」

 藤吉さんと小宮山さんも部屋に戻るらしい。大勢の前で平然と交換を持ちかけるほど、彼らは甘くないない。自己紹介と雑談、そして食事で得た各プレイヤーの性格や癖なんかを吟味したうえで、誰と組むか、そして誰とカードを交換するかを考えるつもりなんだろう。彼らの頭の良さは、皆薄々でも感じているだろうから、誰に話を持ちかけようとも断られることはおそらくないだろう。

 もしもだけれども、藤吉さんと小宮山さんが組んだ場合は、太刀打ちできないほどの協力タッグになってしう可能性が大きい。そうならないことを祈る限りだ。

「っと、それからメイドさん、あとで俺の部屋にコーヒー持ってきてくんねえかな?」

「はい、かしこまりました」

「それじゃよろしく」

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げるメイドさんに、小宮山さんは挙手で礼の意を示す。さっきまでの威圧感とは打って変わった友好的な感じだった。

 刹那に小宮山悟という男の表と裏を見たような気がして、なぜだか悪寒がする。彼が部屋を完全に出て行ったのを確認し、俺は注がれたコーヒーを口に含んだ。


 *


 その後、千鳥足の木田のおっさんが戻ると言いだし、半ば無理やり押し付けられた形で都城さんも木田のおっさんに肩を貸しながら、出ていった。持久戦を想定してか、舞さんも仮眠をとると言っておっさん達に続いて部屋を後にし、俺を待つつもりだったんであろう鳴海ですらも、痺れを切らしてとうとう帰ってしまった。今となっては部屋に残っているのは、俺と工藤さんの二人だけである。

「すいません、あの、コーヒーのお代わりを頂けますか?」

「はい、かしこまりました」

 マニュアル的な応対をしながら、メイドさんは工藤さんのカップにコーヒーを注ぐ。そして機敏な動きでミルクと砂糖をソーサーに添えて差し出した。

 柔和な笑みを浮かべるメイドさんに、軽く会釈をした工藤さんは、湯気の立つそれにミルクのみを入れ、口へと運んだ。熱かったのか、少し口に含んだだけで、しばらく彼女は口をつけようとはしなかった。

 清閑な中にも、気の抜けた時間が流れては過ぎ去っていく。三日間という有限だが、常に気を張っているわけにもいかない。リラックスする時間を作るのも、ゲームに大事な要素の一つなのかもしれない。

 始めは微妙な気まずさを感じていたが、自然とこの空気が心地よく思える。

「……ちょっといいですか、工藤さん?」

 まさか自分とは思わなかったのだろう。カップにつけていた二口目を慌てて放し、小さく咳払いをして目を見張る。

 そんなに驚かなくても、と内心で突っ込みを入れながらも、口に出すような野暮ったいことはしなかった。

「わ、わたし……ですかっ?」

 確かめるように自分自身に指を指す彼女に、俺は頷く。

 余程の恥ずかしがり屋なんだろう。話しかけられただけで、彼女の頬が仄かな桜色に染まる。

「あの時、藤吉さんが言っていたことをどう思いますか?」

 頭のいい彼女なら、これだけで意味は重々伝わるだろう。何しろ、こんな話題の上がり方をする藤吉さんとの話は、自己紹介前のあれしか存在しないのだから。

 すぐ傍にメイドさんがいる今、する話題ではないが、少なくとも俺は藤吉さんが強く推していた第二の仮説よりも、第一の仮説の方が信憑性はあると思っている。彼の推察は論理的だが、この世界が元の世界と同じ論理という前提条件がなければ成り立たない。

 突き詰めれば、パンドラが関のグラスを割ったり、俺たちが気づいたらこの建物内にいたことが全てトリックであると実証し、魔法なり超能力なりの存在を否定しなければ、成り立たないということだ。否定できなければ「全て魔法だった」の一言で、藤吉さんの推理は全否定されてしまうからだ。

 こんなことを言っていながらも、俺も藤吉さんの推理に同調したい。普段はオカルトじみたものを、一蹴する俺でも、今回だけは無形の恐怖を感じざるを得ない。

 カップをソーサーに戻し、考え込むように姿勢を整える。彼女もまた藤吉さん同様に、視覚を遮り、脳内に推理を巡らせた。しかし数秒後には、にこやかな表情。

「うーん……ごめんなさい、わからないです……」

 彼女ははにかんで誤魔化した。天使のスマイルに、鼓動が跳ね上がる。だがそんなことはどうでもいい。邪な考えを全て振りはらい、目の前の会話に集中する。少し距離を開け、冷静になってみると、それっぽい回答が返ってくることと思い込み、拍子抜けする自分がいた。

「でも……『狙撃されたときに出血はなく、抹消から消滅まで一分と三十秒の猶予が与えられる』ってパンドラちゃんは言ってましたよね?」

 はにかんだ顔を元に戻した工藤さんから、そんな言葉が続けられる。

 あれ? そんなこと、言ってただろうか。もしかして俺の聞き逃しか? そうだとすれば、何やってんだ、俺は……。

 自身の不甲斐無さに憤りを感じたが、肝心なのは、工藤さんの見解を聞くことであって、聞きそびれについては、ファイルを読み直せばそれで済む、それだけのことである。

「あっ、はい」

 話を円滑に進めるために、自信の持てない相槌を打つ。

「だから……その……実際に撃っちゃえば、藤吉さんの推理は崩れる……と思いますよ。……わたしは、嫌ですけど」

 余程言いづらかったのか、彼女は急ぐようにコーヒーを喉へと流しこんだ。

 でも確かにそうだ。聞きそびれた出血と一分三十秒については後で調べるとして、それが事実ならば、藤吉さんの推理は否定される。逆に事実でないのなら、どこかに脱出口が存在するということになる。

 微かな可能性とともに、工藤さんの頭の良さを感じ取ったそんな有意義なブレイクタイムだった。

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