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2nd

 備え付けの室内電話で舞さんに誘われて部屋を出る直前に、携帯電話で確認した時間は、十九時五十六分だった。食堂へとついた現在はそれからおおよそ一分が経過したといったところか。

 食堂として利用する“天獄の間”は、最初にルール説明を受けた部屋である。

 あの無駄に大袈裟なワインレッドの絨毯も微妙以外に例えようのない大仰なシャンデリアにも、一切の変化はない。だが立食パーティ仕様の円卓から、四角いダイニングテーブルへと模様替えされていた。清潔な白いテーブルクロスにも変わりはないが、テーブルが部屋の中央に集められただけに、その殺風景さには一層の磨きがかかる。

 一枚の大きなテーブルクロスの下から垣間見える机の長い辺の脚は、中央で二本がすぐ隣りあっている。ここから見える長い辺の足の数が四本。不自然な中央の足の近さを踏まえると、二つのテーブルを繋ぎ合せていると言ったところか。

 そして長い辺にはそれぞれ向かい合うように四脚ずつの計八脚、短い辺にも一脚ずつの合計十脚の椅子が用意されている。ネームプレートなどは置かれておらず、特に席順は決められていないようだ。

 入口から見て一番奥の上座には木田のオッサンがボスキャラのように大きな態度で構えている。その左隣と入口を背にする席、さらにはその隣が空席となっているらしく、机の上には立体的にナフキンが折られていた。

 一番上座に座る木田のオッサンから右に都城さん、鳴海、そして二席の空白があり、左へ行くと空白、藤吉さん、工藤さん、宇野さんの順である。ちなみに小宮山さんの真正面には、未だ酔いの冷めない小宮山さんが座っている。

「おう、お前ら、遅いぞ」

 団子っ鼻をアルコールで朱に染めた木田のオッサンが言う。室内はあの自己紹介のおかげか、アットホームな雰囲気がしているが、オッサンの周りにだけは冷たい視線が飛び交う。理由はなんとなくわかるが、ここは触れない方が賢明だろう。

「まだ時間内セーフだって。怒んなよ、おっちゃん」

「おう、そうか……」

 聞き分けが良すぎて、逆に気持ちが悪い。触らぬ神に祟りなしとの先人の教えに従事し、泥酔した中年は放置するのが一番だ。

 まず直感的に奥の席だけは絶対に避けたい。既に泥酔状態の木田のオッサンと隙のない藤吉さんの間に座るのだけは是非とも遠慮したい。

 そうなると選択肢は手前の席のどちらに座るかということになる。だけども下座には小宮山さんがいる。ここも避けたいが、そうすれば鳴海の左隣の席を選択することとなる。

 二次会の時に鳴海に協定を持ち掛けられ保留してから、俺は彼女にそこはかとない罪悪感を感じている。それが鳴海が香奈と重なって見えたからか、それともまた別の理由か。

 いずれにせよ、パートナーの最有力候補の舞さんと利用することになりそうな鳴海の間に挟まれては、楽しい食事とは縁遠いものとなることは明白である。こんな場面ででさえ、この異質な三角関係は俺を苦しめるものかと、ひそかにゲームの支配者であるパンドラを恨んだ。

 舞さんとここにやってきたので、一席しかない木田のオッサンの隣は最初に除外する。

 ここで俺と鳴海の関係についての疑念を持たれる前に席を選びたかったが、小宮山さんの鋭い視線が突き刺さる。下座に座ることへの不満でも抱いているのか。とても進んで座席を選べる雰囲気ではない。

 焦りが焦りを呼ぶ。負のスパイラルが俺を飲み込む。

「あら、わざわざあたしが座るまで、待っててくれたの?」

 最高のタイミングで舞さんからその言葉が飛び出した。彼女は方舟へと導く伝道師か、はたまた天から蜘蛛の糸を垂らす釈迦か。大袈裟かもしれないが、とにかく感謝以外に何もなかった。

 鳴海の隣の席に座ろうと、椅子のすぐ横に立つ彼女の傍へと歩み寄る。便乗すべくして椅子を引くと、舞さんは「ありがとう」とだけ言い残し、その数秒後にはすぐに向かいに座る宇野さんと他愛もない話に花を咲かせていた。

 結局小宮山さんの隣に座ることとなったが、これでよかったのだろう。左からの強烈な視線もいつの間にか和らいでいった。


 *


 食事は何の問題もなく、笑い声が飛び交う和やかなムードのまま、平穏無事に進んでいった。

 夕食として出てきたメニューは、鮭のムニエル、野菜サラダ、そして拳程の小さなパンと何の変哲もないメニューだった。味も良かったし、外食のように凝った見た目でも楽しめたし、俺個人がフォークとナイフの扱いに慣れていなかったことを除けば満足できるものであった。

 おかわりは自由と言われたものの、プレイヤーの内、誰一人として出された分を平らげるとそれ以上は求めようとはしなかった。おそらくゲームのことを考えているだけで、食欲がわかなくなったのだろう。朗らかに見えても、裏では全員が神経をすり減らしている。それを間近に感じ取った。

「さて、食事も済まされたようなので、ここで初めのイベントを発表させていただきます」

 どこから現れたのか、油断しているところにパンドラの不意を突く先制パンチ。驚く俺たちを尻目に、澄まし顔で口の周りを拭う舞さん、瞑想するように瞼を閉ざして椅子の背凭れに全体重を預ける藤吉さん、相変わらず壁のように構える小宮山さんの三人は、至って冷静沈着だった。

 パンドラは炎のような真っ赤な目に、真剣な表情で一挙手一投足を伺うプレイヤーたちを映しているのだろう。

 和気あいあいとした雰囲気から一変した天獄の間。静寂をその肌で感じ、毎度のように仰々しいほど大きな咳払いをした銀髪の少女は、ほんの数秒間、余韻に浸る。

「第一のイベントはズバリ“オールド・メード”です」

 オールド・メード・ゲーム?

 はっきりとしたぶれない声に圧倒されかけるも、その名称に疑問を抱かずにはいられない。

 右方へ視線をやると、舞さんはわずかに口元を歪め、藤吉さんは瞑目のまま無表情を貫き、小宮山さんに関しては口周りだけでは抑えきれないほど笑みを浮かべていた。

 何がそんなに面白いんだろうか、俺にはさっぱり理解できない。

「まずは皆さまにカードをお配りします」

 パンドラの言葉を受けて、皿の片づけを終えたメイドさんが、機敏な動作でカードを配り始めた。

 一人に二枚ずつ配られたカードは、共に片面は縁取りされ、その中で青く細い線が規則的に斜線を描き、それが交差するような模様をしている。一見しただけでは、トランプと差異はない。そしてもう片面にも共通して『Pandora』と太い横文字で書かれているが、一枚は黒、もう一枚は赤い字で印刷されていた。

「“オールド・メード”とは、日本語に直訳すれば『老いた掃除婦』。意訳すればカードゲームのババ抜きを意味しています。元来のオールド・メードのルールでは、ジョーカーを加えず、絵柄マーク(スート)を問わずクイーンを一枚除外して行います。つまりゲームに使用するクイーンは三枚。決着後に女性を意味するクイーンが余ってしまうところに、その名前のルーツがある訳です。そしてこれから皆様にやっていただくのは、同じ色のカードを一組作っていただき、その組をコインと交換するという簡単なゲームです。交換場所はこの天獄の間。ゲームの期限は明日の朝食前までとなります。そしてゲーム終了時に皆様からは、そのコインを回収させていただきます。尚、コインを所有されていない方は、部屋の鍵を没収させていただきます」

 要は誰かと結託してカードを交換しないと、部屋の鍵を取られて安心できる場所を確保できないというわけか。いや、パンドラの箱の本質から言えば、相手を抹消して奪うなんて選択肢も考えられるだろう。ともすれば今晩中に誰かが抹消される可能性も十分にあり得ると推測される。

「また赤のカードを二枚集めた場合には、コインの他に黒のカード一枚を同時にお渡しします」

 赤カード一組で黒カードを一枚手に入れられる。つまりは赤カードの方が価値が上だということになるのだろうか。しかし黒カードが出回り過ぎると今度は赤カードが余ってしまう。カードの価値をどう判断するのか、それがこのオールドメードでは要求されている。

 そして貨幣が存在しないこの世界ではどちらかが折れない場合、確実に揉め事の種になりかねない。貨幣の代用となりそうな物を羅列すれば、銃弾や箱などといったところだろうか。

「そして最後となりますが、夕食に参加されなかった関様へはカードの配布は行いません。では、皆様のご健闘お祈りします」

 意味だけを抽出すると、誰かがこの情報を関に伝えると、安全を確保したい関が抹消を起こす可能性もあるといったところか。

 感情の籠っていない淡白な声でそう言うと、パンドラは足早に部屋の隅へと退いた。

 赤カード一組で黒カード一枚をもらえるので、関の分のカードが配られないというのは直接、頭を抱えるような問題ではない。だが数が多くなる黒カードの価値が高まるのは目に見えている。クイーンとなってしまう赤カードを考えると、価値がどう変動するのか。それも悩みどころの一つだ。

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