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《3.オールド・メード・サバイバル》 1st

 とりあえずは自己紹介も無事に終わり、木田のオッサンの「もう一本!」宣言から茶話会は始まった。二次会とも言えるそれは、先ほどまでのような鋭利な視線や乾いた笑いはない。むしろなんとも和やかなものである。だが冷静に一線を引いて傍観すれば、これから殺し合う面々がここまで仲良くしてもよいものなのかと、考えさせられる光景でもある。

 この雑談でも腹の底を探り合っているのだろうが、話題がスポーツだったり、愚痴だったり、このゲームについてだったりと、一番最後の物を除けば普段友達と駄弁っているのとなんら大差ない内容ばかりで、本当に意味があるものなのかはわからない。しかし今度も俺が把握できていないだけで、意図が存在するんだろう。

 意図を把握しようと会話に参加せず、ひたすら聞き耳を立て続けていたが、それも集中力が限界に来たようである。せっかく静聴させてくれているプレイヤー達には悪いが、一度天を仰いだ。高い天井はインテリアとは対照的に白一色。暖色系のシャンデリアの灯に染められ、僅かに乳白色となっている。

 十分の一。それが端的に言えば、それが平和的解決策だ。

 十人のプレイヤーにそれぞれ与えられた十個のパンドラの箱。二人のダミーウルフを除いた八人のプレイヤー全員が、奇跡的に相応する箱を開けられれば犠牲者は出ない。だがそんな外れの多いくじ引きを成功させようとする人間は、俺を含めて誰一人存在しないだろう。そうするとやはり誰かが犠牲になるのは必然なのだろうか。

 誰かを蹴落として、自分は生還する。ハッキリとは言えないが、ここから脱出する術をこの先に見つからなければ、パンドラの描いたシナリオのとおり、血で血を洗う争いに身を置かなければならなくなる――――

「ねえ、大槻君」

 鉛のように鈍く、重々しい思考は行き詰っていた。それを遮って話しかけてきたのは、隣に座る片岡鳴海だった。

 考えを巡らせ続けていた俺の顔を円らな瞳で見つめてくる。小首を傾げながら、さも不思議そうといった様相だった。

「真人でいいよ。それでどうしたんだ?」

「じゃああたしも鳴海でいいよ。ねぇ、二人で全員みんなを出し抜かない?」

 あどけなさを多く残した童顔に、これでもかというほどの柔らかい笑みを浮かべながら、彼女はとんでもないことを言い始めた。正直、無邪気にも程があるだろうと突っ込みたくなるが、どうやら彼女は本気らしい。

 それは俺も全員を出し抜けるほど頭が切れるなら、そうしていただろう。自分で全てを支配できるのなら、舞さんの申し出をきっぱり断れるだろうし、藤吉さんや木田のオッサンに脅威を感じて自信喪失もしないだろう。

 彼女の爆弾発言に、つい数十秒前まで平和的解決を模索していたことなんかすっかり頭のどこかへ消え去ってしまった。そのお陰か、思考を切り替えることができた。

「出し抜くってどうやって?」

 とりあえず彼女がどのような策を持っているのか聞き返してみる。

「しー! 声が大きい」

 吐息のような声で言うと、鳴海は人差し指を自分の口の前に立てた。

 振り返るが幸い六人は雑談に夢中で、俺と同じく黙りこくっていた向かいの席の都城さんも六人の会話に聞き入りながら、所々で笑みを浮かべていた。

 一先ず小さく謝罪すると、ツンと口元を尖らせただけで何事もなかったように展望を語り始める。

「このゲームで警戒すべきは、藤吉さんと小宮山さんでしょ」

 木田のオッサンと舞さんの名前がないことに、多少の違和感は覚えたがとりあえずは何も言わないでおこう。彼女は木田のオッサンが、藤吉さんを言い負かしたことを知らない上に、酔っ払いながらの漫談じみた自己紹介しか知らないのだから仕方がない。舞さんに関しても上手く隠し通した舞さん自身を評価すべきだろう。

「だからあたしたち二人で、その二人をそそのかすのよ。『他のメンバーを出し抜かないか?』ってね」

「つまり懐に潜り込んで、最後に裏切るってわけか」

「うん、そう言うこと♪」

 それくらいなら俺も考えたが、さすがに二人組の方が有利とわかっているであろうプレイヤーなら、そこにつけ込んでくる人物が現れること自体を予想しているとみて間違いはない。

「そんなことがあの二人に通用するのか?」

 俺が気づかなかった道筋が存在するのなら、その作戦も採用できるかもしれない。全ては彼女の回答次第だ。しかし帰ってきた回答に酷くがっかりさせられる。

「普通にしたら失敗する可能性が大きいだろうけど、あたしたちは高校生だからね。ほんのちょっとでも油断してくれるだろうから、他の人よりは成功する確率は高いと思うよ」

 俺が即答で却下した策を自慢げに語る彼女と組んで足を引っ張られるのは、確定事項といっても過言ではない。

「あのさ――――」

「それにね、頭の切れそうな真人君の作戦とあたしが組めば、都城さんとか木田さんとかもある程度なら動かせるんじゃないかな」

 目をキラキラと輝かせる彼女に、きっぱりと不可能を伝えることができそうにない。話の終わりにウインクまでして、なにか別方面からアピールしてくる鳴海が、俺を無理矢理映画に誘った香奈と重なる。

 俺が追い詰められているからだろうか。ハッと息詰まり、彼女を否定できない。

「……少し考えさせてくれないか?」

 そんな中途半端な回答が、今の俺の精一杯である。

 最悪の場合、彼女を駒として利用するなんてことも可能だ。なにもきっぱりと断らずに、このまま保留しておいてあながち損ではない。そう自分に言い聞かせるのでやっとだった。

 曖昧な返事をした俺を、彼女が咎めてくることはない。代わりに色仕掛けとまではいかないものの、俺の掌に細い指を絡めてくる。香奈がお遊びでよく似たようなことをしてくるので、他の同年代よりは免疫はあるはずだ。だが恋人以外にこんなことをされたことは初めてだ。一瞬胸が高鳴り、同時に思考が停止した。

 その瞬間、耳打ちに見せかけ近付いてきた彼女の柔らかな唇が俺の頬に触れる。

 湿った感触。その後の吐息には、肌で感じられる程度の熱が籠っていた。

 唖然とし、彼女の方を向く。だが視線の先にあったのは彼女の顔ではなく、くびれた腰。俺が見上げる暇もなく、鳴海は口を開いた。

「疲れちゃったんで、一旦部屋に戻りますね。みなさ~ん、晩御飯の時にまた会いましょうね」

 キーの高い声で鳴海は言う。その声も雑談の中に染み込んでいく。誰も止めようとしない。止める理由もないのだから当たり前だが、それが何故だかもどかしい。

 鳴海が居なくなった後も賑やかな雑談は、まるで元から居なかったかのように引き続いた。

 さっきのはなんだったんだろう。鳴海は実は帰国子女で、欧米式の挨拶を単にしただけ……などという理由はありえなない。考えられる理由は、俺と組むための誘惑に他ならない。しかしそうまでして俺を取り込もうとする訳があるのだろうか。

 自分の胸に聞いてみるも、辻褄つじつまの合うベストな答えなんて俺は持ち合わせていない。

 単純なこのゲームへの理解度は藤吉さんや小宮山さんに劣るだろう。裏切らなさそうといった理由ならば、工藤さんや都城さんの名前が挙がってくる。扱いやすそうな男としてなら木田のオッサンが真っ先に浮かんでくる。

 それでは彼女は何故、中途半端な俺を選択したんだろうか。鳴海自身が言ったとおり、高校生同士が組むことに、他の人物と組む以上のメリットが生じると考えているのだろうか。

 これはあくまでも直感だが、違う気がする。だが論理に沿ったそれらしい答えも出てこない。その事実がもどかしいことこの上なかった。

 思えば舞さんも何故か俺を選んだ。あの時は自分の不甲斐無さばかりが意識の中で先行して、とても他のことを考える余裕もなかった。しかし思いだしてみると、舞さんも『あなただから』と俺であることを強調していたはずだ。

 二人の女性が命懸けのゲームのパートナーに俺を選んだ。果たしてその真意はなんなのだろうか。

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