6話 サインしなさい
牢の中に現れた魔女は相手を驚かせた事が嬉しいようで、いたずらな笑顔でサクラを見ている。
サクラはお尻を床につき、壁に背中をへばりつけて怯えた様子で魔女を見る。
「……ご、極悪非道。……て、テロリスト」
「よくご存じね。それに"美しい"を足せば完璧よ」
魔女はなんちゃってと冗談ぽく言ってみたが、サクラは怯えっぱなしだった。気にせず魔女は会話を続ける。
「これを返しに来たの。はい」
そう言って、魔女は肩に下げていたバッグから腹巻きを取り出して、サクラに差し出した。サクラはその腹巻きに施されたウサギの刺繍を見て取ると、表情を一変させ、気が抜けたような目でそれを眺める。そして、魔女と目を合わせた。
「これ、あの剣士に取られた」
「そう。ユージが預かってくれって言うから私が預かってたの。私は早く自分で返せって言ったのよ」
サクラは少し疑うように魔女の様子をうかがう。魔女は気にせず「はいどうぞ」と言って腹巻きを受け取るよう催促する。
サクラはそれを両手で大事に受け取った。そして優しい表情になって腹巻きを両手で胸に抱いた。
魔女は感慨にひたるサクラの様子をしばらく観察し、タイミングを見計らって話題を変える。
「あなたはどうして司祭に従っているの?」
サクラは顔を上げ、少し思いを巡らしてから答えた。
「私は西の国の孤児院で育ったの。小さい頃に、そこで司祭様が私の魔法の才を見出してくれて、魔法の教練所に住み込みで入れてもらったの」
サクラはゆっくり思い出しながら話を続ける。
「その後、司祭様に従って仕事をするようになった。情報集めをしたり、護衛をしたり、……盗みに、殺しも……。今回は高価な宝だからと手段を選ぶなって言われたの」
サクラは目を伏せ、声が重くしてそう言った。
そして顔を上げ、今度は力を込めて言った。
「司祭様がいなかったら、他の孤児院の友達みたいに里親に虐待されたり、商人に売られたりしていたわ。司祭様がいつだって私を救ってくれたの」
魔女はサクラの話を、各所にうなずきながら優しいほほ笑みで聞いていた。サクラの話を一通り飲み込んでから、口を開いた。
「よく分かったわ」
魔女がサクラの様子を眺める。
「でも。恨んでもいない人を殺したり、仲間を裏切ったりするのはつらくないのかしら?」
「それは、……司祭様のためだから」
「だいたい教会が子供を金持ちに売ったりしてるのがよくないわね?」
「……司祭様が決めたことだから……」
サクラはまたうつむく。魔女は励ますように力を込めて言う。
「司祭はもうあなたに今までのような命令はしないわ。これからはあなたのしたい事をしなさい。私が保証するわ」
「……」
サクラがはっと顔を上げるが、すぐにまたうつむいて黙り込む。
「あなたが、司祭の命令でなく、自分のしたい事するなら……」
魔女は少し間をあけて、ニコリと口角を持ち上げて言う。
「――その腹巻きを作った人に会わせてあげるわよ」
「!!……知ってるの?」
サクラは目を丸くして魔女の言葉に反応した。魔女はまた驚かせてやったといたずらに笑う。
「西の国で今も貧しいながら暮らしているわ。私は物の痕跡からそれに関わった人物を探すことができるのよ。魔女ですから。ふふっ」
サクラの表情はみるみる生気を取り戻し、目を輝かせた。サクラはその腹巻きを自分にくれた人を思い返す。それはある日突然いなくなるまでサクラを愛してくれた人だった。サクラはそのウサギの刺繍だけを心の頼りにして苦しい事を乗り越えてきたのだった。
「会いたい」
「会えるわ。それで?あなたは何がしたいの?自分がしたい事を言いなさい」
サクラはしばらくうつむいて考える。諦めて、心の奥底にしまいこんでいた夢を、自信のない声で言う。
「孤児院の子供たち……子供たちに魔法を教えてあげたい」
サクラは心の奥から言葉を探し出して言う。
「子供の頃、魔法を教わって自信を持てたの。そういうことを同じような子供たちに伝えたい」
魔女はサクラの言葉を受け取って、満足げに大きくうなずいた。
「よろしい。それじゃあ、<契約>よ」
魔女は<契約書>を宙に浮かべた。そして羽ペンを持って内容を書き込んでいく。
「私、魔女は、サクラに腹巻きをつくった人に会わせる、サクラを孤児院の魔法教師にする。サクラは、魔女の命令に従う、収入の全てを魔女に預ける」
魔女は「サインしなさい」と言って羽ペンをサクラに渡す。
サクラは涙を流しながら、ためらうことなく<契約書>にサインした。
<つづく>