5話 魔女様は地下アイドル
サクラの魔弾を食らった上に高所から落っこちてしまったユージは、地面にうつ伏せで倒れたまま動けないでいる。
異音に気づいた者達が、いったい何事かとユージが墜落した所に集まって来ていた。
一方、我を忘れて魔弾をぶっ放したサクラは目の前の壁に開いた大きな穴を眺めていた。我に返ったサクラは目元を袖で拭って、荒い呼吸をゆっくり整える。そうして冷静さを取り戻すと、穴の外からかすかに人の声が聞こえた。
サクラは自分が開けた壁の大きな穴から、そおっと下の地面の方ををのぞく。ユージがうつ伏せで倒れており、その周りに徐々に人が集まって来ていた。もしかして自分が今しでかした事は結構やばい事なんじゃないかと思えてくきた。地面に集まる者の内の一人がこちらを見上げたので、サクラは咄嗟に後ろに下がって、姿を隠した。
――どうしよう司祭様に怒られる。
勢いよくドアが開いた。司祭が慌い息づかいで部屋に入ってきた。彼はすぐに壁の穴を見て青ざめた顔をする。
「何があったんだ?サクラ」
「司祭様ごめんなさい。ダンジョンで殺し損ねたあの剣士がここにやって来たのです」
司祭は息をのんで、天を仰ぐ。
「ああ、まずいぞ、まずいぞこれは」
司祭は焦った。まずいまずいとつぶやきながら部屋の中を行ったり来たりする。
サクラは5日前、司祭の指示通りにダンジョンで手に入れた宝をここに届けにきた。しかしそのすぐ後、殺したはずの剣士の目撃情報が入った。司祭はほとぼりが冷めるまでサクラをメイドとしてかくまう事にしたのだった。もしもここにいるサクラと剣士の関係がばれたら、自分が宝を得るために殺人を指示した事が露呈してしまう。
司祭が悩む間もなく、ドアを叩く音がした。「司祭様、司祭様」と声がする。部屋の前には何人かいるようだった。司祭は慌てて追い返そうとする。
「ここは、私の専用室だ。許可無しに他人が入る事は禁止されている。仕事に戻りなさい」
「そういうわけには参りません。転落した重傷者が出ております。このお部屋の壁が崩壊しているのを確認しています。何があったのがご説明ください」
声はニコライだった。人望があり、教会内で力を付けてきていると司祭が注目していた男だ。司祭は対応を決めきれず、しばらく言葉を返せないでいる。
「せめて、部屋から出て説明してください」
とドアの向こうのニコライが対応を急かす。
司祭はこれ以上拒否すれば怪しまれると思い至り、ドアを少し開けた。自分だけ外に出て、すぐにドアを閉めようと考えた。
が、ドアを少し開けた瞬間、ニコライはドアの端を握って強引にドアを開いた。そして、一緒にいた2人の女牧師が強引に部屋の中に入り込んだ。
ニコライと2人の女牧師はすぐさま部屋の中のメイド姿のサクラを確認した。サクラは杖を構えて、入って来た3人をにらんでいる。
ニコライは司祭に振りかえって言う。
「この杖を持っているメイドが下で倒れている剣士を殺害したということですか?司祭様?そういえばつい最近、ダンジョンの宝を奪い合った冒険者同士の殺人事件がありました。犯人の女と男は行方をくらましているとか」
ニコライは見透かしたように横目で司祭と目を合わせた。
司祭はだらしなく口を開けているだけで、言葉は出てこない。
「司祭様はその殺人犯をかくまっていたりして?そして殺人犯から宝を受け取っていたりして?その女を使って、気に入らない人間の暗殺とかしていたりして?」
ニコライはいちいちもったいぶった言い方で司祭を追求した。
司祭は頭を抱えて、口を開けたまま手足をがくがく震わせている。
ニコライが顔を寄せて司祭の耳元で優しい声でささやく。
「司祭様。私がもみ消して差し上げましょう。ね?」
司祭は救いを求めるように、ニコライの目を見る。ニコライはじっくりと司祭の瞳を覗いて「私にお任せください」と言ってほほ笑んだ。
司祭は弱々しい声で「頼む」と答えた。
ニコライは満足げに司祭にうなずいてみせた。
ニコライがメイドのサクラに目をやって言う。
「司祭様。まずあのメイドの杖を降ろさせて、私に従うように命じて下さい」
司祭がサクラに「彼の言う通りにしなさい」と言うと、サクラは杖を床に落として、不安そうにニコライを見つめた。
ニコライは一緒にいた牧師に持たせていた大きめのローブをサクラに上から着させる。そして紐で両手を背後で縛る。サクラは抵抗する事なくニコライに従ったが、その紐から魔力を奪われるのを感じ、驚いてニコライに視線を送った。ニコライは小声でサクラにささやく。
「司祭様のためだ、悪いようにはしない。だから安心して欲しい」
サクラは視線を下に向けて、伏し目がちのまま頷いた。
ニコライは二人の女性牧師にこの部屋で司祭様のお世話をするようにと指示を出した後、サクラを引いて部屋の外に出た。ニコライが部屋を出ると女性牧師二人が名残り惜しそうにニコライを追いかけたので、ニコライは二人の首元に口づけをして、別れの挨拶をした。
司祭の専用室から少し歩いた所では、何人かが集まっていたが、3人の騎士が通路を割ってそれを押さえていた。
ニコライが集まっている者達に説明する。
「この者が外壁を登って司祭様を襲撃した。よって今から地下の牢に連れていく」
ニコライはそこにいる者達の反応を確認して続ける。
「下で倒れている男との戦闘のおかげで、この者は気を失っておった。だから私が捕らえる事ができたのだ。彼はきっと壁を登り窓から入るこの者を目撃し、捕まえようとしたのだろう。全く勇敢な男だ」
「司祭様は部屋にいらっしゃるのか?」
「ああ。部屋で休んでいらっしゃる。この件は私に一任するとおっしゃられた」
みなはほっと安心したようだった。一応はニコライの説明に納得したようだ。
ニコライはそこにいた騎士を連れて、変装したサクラを地下にある牢まで連れて行った。
地下の牢へと下りる階段は暗く、ニコライは火のついた燭台を手に持って歩いた。牢の入り口の扉を開けると、そこから通路がまっすぐ伸びており、両側に太い鉄柵で通路と区切られた独房が並んでいる。
一番奥の独房にサクラを入れて、鍵を閉めた。サクラは表情を殺して硬く冷たい石造りの床に視線を落としている。
ニコライは付き添いの騎士に指示を伝える。
「これからこの罪人の尋問をするから入り口の外で誰も来ないように見張っていてくれ」
騎士が入り口から出て扉を閉じたのを確認して、ニコライが言う。
「魔女様。準備が整いました」
サクラの入った牢の中にある石の床の一部がガコッと浮き上がる。その石が横にずらされて、できた穴から黒い服を着た華奢な女性がよいしょと登って出てきた。サクラは驚いて、その女性から逃げるように遠ざかり、壁に背中をつけて尻もちをついた。
「サクラちゃんね。ごきげんよう」
「…………魔女?」
「そう。地下からやって来た地下アイドルの魔女よ。ふふっ」
<つづく>