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墓荒らし Business_Hero(1)

 近年、日本の犯罪検挙率は下降の一途を辿っている。

 主な原因として挙げられるのは、目覚ましいまでの技術革新。日数単位で発展を続けるIT産業やデジタルデバイス業界によって、個人が簡単に専門的な情報・技術を扱えるようになったこと。また、それに起因する犯罪集団等々の組織作りがインターネット一つで行えるようになり、唐突に立ち上げられる集団はその足取りはおろか犯罪の痕跡から追う事すら難しい。仮に集団の中の一人を吊るしあげたところで、集団の全貌は掴めないのが現状だ。


 そしてもう一つ。警察に最も大きな障害として立ちふさがっているのが————法の壁である。


 服務規程に端を発する諸々の規則は、警察という組織の枷となりその足取りを重くしている。制服の警官がうろつく前でわざわざ犯罪を犯すバカもいない。法の番人が法によって身動きを封じられる、というのはなかなかに皮肉な話だ。


 そんな現状を憂いた司法が、一つの『異例』を立ちあげることとなったのは自然の流れなのかもしれない。


 曰く、法を用いて法から外れるもの。

 曰く、庇護とともに枷を捨てたもの。

 曰く、法の諜報組織(スパイ)となるもの。


 形容する言葉は様々だが、その実態としては至って単純。要するに、法の番人である限り裁けぬのなら番人であることを捨てるまで、という話だ。

 そうした理念の上で組織されたのが、特務課一係————表向きの名称は『総括警備保証株式会社』である。



「納得いかねえー……」

 壁際に立ち並ぶスチール棚と几帳面に並べられたスチールデスク。鉄色で固められたいかにもというオフィスの中で、黒宮徹(くろみや とおる)は不満げに口をとがらせていた。

 眉間に皺を寄せる彼の視線の先にあるのはA4サイズのコピー紙。デカデカと刻まれているタイトルは『始末書』。


「…………、」やたら堅苦しい書体の三文字と睨み合うこと数秒。「……納得いかねえー……」


 弄んでいたペンを放り出し、力なく背もたれに寄りかかる黒宮。安っぽいオフィス椅子が、ギィと音を立てる。

 そのまま天井へ向けて大きな溜息を投げて————カシャリ、という機械音が聞こえた。


「……なにしてんすか」


 薄く目を開いた黒宮はとりあえずそう聞いてみる。

 ただでさえ若干悪い目つきを更に眇めているのでもう半分睨むような形になったが、それを向けられている女性————峰岸亜貴は特に気にする様子もなく片手に構えた携帯を軽く振る。


「いや、貴重な歴史的資料の採取を。題名は『今世紀最悪の不景気ヅラ』あたりでどーよ」

 …………いや、どーよじゃないが。

「肖像権侵害。ついでにモラハラ。訴えますよ」

「うわ、荒れてるわねー。冗談が通じない男はモテないわよ」

「余計なお世話をどうも」


 これ以上言葉を交わしたところで峰岸を喜ばせるだけだと悟った黒宮は、姿勢を正し始末書と向かい合うことで打ち切りの姿勢を示すことにする。


「で?今度は何やらかしたのよアンタ」

「……、峰さんデリカシーないとか言われません?」

 肩越しに覗き込んでくる峰岸の興味津々といった声音に、黒宮は諦め混じりの吐息をこぼして、

「昨日の痴漢ですよ。往来で騒ぎを起こしたのが上は気に入らなかったようで」


 大通りで派手に声を張ったのが不味かったらしい。出社早々、課長から手渡されたのがこの始末書と言うわけだ。問題になるほどのものでもない、と課長本人に言われていただけあって思いっきり油断していた所にこれなのだから嫌になる。

 だが手渡した課長も渋面だったことからして、更に上からのお達しだということも容易に読めたので文句を言うわけにもいかず、結局すごすごと受け取ってきてしまった。


「つっても、納得いかねえもんは納得いかねえよなあ……」


 もしあの場で声を上げていなければ重大な事故に繋がる可能性もあったと自負しているだけに、黒宮の不満も大きい。


「まあ気持ちは分からんでもないけどねえ」

 腐る黒宮をカラカラと峰岸は笑って、

「こればっかりはしょうがないんじゃない?ウチは()()()()()()なんだし」

 しなだれかかるように黒宮の頭に腕を乗せる。

「『影は影であるからこそ利益をもたらす』。それがウチの理念でしょ」

「————、」


 民間にありて警察を代行するもの————彼らにはその存在意義を守る上でいくつかの縛りがある。

 その中でも最も大きいのが、組織としての秘匿性。

 法に縛られないフレキシブルな自警組織と言えば聞こえはいいが、その実態としては法の間隙をついた猟犬のようなものだ。そんな組織が明るみに出れば、その先に待っているのは「誰がいつ牙をむくか分からない」といった疑心暗鬼に満ちた社会と、より根深く把握しづらくなる犯罪の悪性化のみ。

 故に、彼らの存在は知られることは無く。

 彼らの功績は全て葬り去られる。


 それを理解しているだけに、黒宮も返す言葉はない。


「それにあたしは昨日の裏取り確保で堅実にプラス評価だし。……ボーナス考査つくかしら、かちょー!昨日のボーナスつきますー?」


 峰岸の飛ばした声に、オフィスの奥で新聞を捲っていた課長が顔を上げる。


「うん?昨日のって、何がだ」

「やだもー!裏取りですよ裏取り。痴漢の立証なんて被害者本人の証言引っ張り出すのが一番ネックじゃないですか。そこをサラッと引き出してきた敏腕峰岸さんにご褒美とかあってもいいんじゃないでしょーかっ」

「バカ言うな、ウチみたいな零才企業がそんなにポンポンボーナス出してたら廃業一直線だ」

「ええー!?」


 峰岸の本気で悔しそうな声に課長は苦笑して新聞の中へ顔を引っ込める。この姿勢になるともうその話は終わりという合図なので、峰岸も渋々追求は諦めた。


「骨折り損だわー、ツイてないわー」

「まあまあ。あちらさん、喜んでましたよ。取り調べが楽だったって言って」


 ボヤく彼女をそう取りなしたのは、松枝優斗(まつがえゆうと)だ。

 松枝は持ち前の童顔で微笑みながら「どうぞ」とコーヒーカップを差し出す。黒宮にはブラック、峰岸の方はミルク入り。恐らく峰岸のカップには砂糖も一匙。

 彼がこの会社に入ってまだ一ヶ月あまりだが、この辺りの細かい気配りは既に社内トップとして定評がついている。物覚えもよく、コーヒーの好みは二回目以降伝える必要がなくなった。


「はー!イケメンは言うことが違うわね」謝意の一言もなくカップを受け取った峰岸は豪快に口をつけて、「あたしは無理。裏取りなんて本来あっちが受け持つ分担まで引き取ったんだからチップくらい寄越しなさいよねー」

「それやっちゃったら癒着ですよ」

「知らないわよそんなん。袖の下って言葉があるでしょーが、袖の下って言葉が」

「先輩」

「……、」


 苦笑気味に松枝が短く呼ばわると、峰岸は気まずそうに舌を止めた。

 数秒の間があって、


「はいはい。分かったわよもう」


 小さな舌打ちとともに矛を収める。

 未だに意外な光景ではあるが、破天荒を絵に書いたような峰岸は何故か優男然とした松枝にだけ微妙に弱い。どうもかつてに交流があったようなのだが、その辺の話は峰岸がガンとして口を割らず、松枝も微笑でのらりくらりと躱すので社内七不思議の一つとなっている。


「ま、そういう事だから。お互い運が悪かったと思って諦める事ね」


 おざなりに頭を掻き分けられる感触と共に、かかっていた重みが消える。振り向くと、肩越しに手を振ってデスクへ向かう峰岸の後ろ姿が視界の端に映った。


「結局……、」


 そういう事とはどういう意味なのだろう?黒宮は乱れた髪を軽く整えながら首を傾げる。

 ボーナスうんぬんという話は峰岸なりのフォローのつもりだったのだろうか。峰岸の性格上、本気で言っていた筋も十分にあるのでなんとも判断が付きにくい。

 もう一度首を傾げて、黒宮は始末書に向き合い直した。



「誘拐?」

 その案件が転がり込んできたのは、その日の午後のことだった。

「そうだ、場所は港湾区画一帯のどこか」

 課長は難しい顔で手元の書類を捲る。

「対象は松島京香(まつしまきょうか)、二一歳女性」


 必要最低限の事項だけが端的にまとめられた指示を脳内で転がし、浸透させる。


「リミットは?」

「今晩七時。延長は当てにするな、どうせ大した時間は稼げん」

「了解————人員は?」

「本庁の方にはもう峰を向かわせてある。現場の方はお前と松でよろしく頼む、細かい情報共有は峰と直接連絡を取ってくれ」

「ちょっ、」


 指示に頷き返そうとしたところで、隣から松枝の声が上がった。


「ちょっと待ってください、なんで誘拐で僕らが出張るんですか?それこそ『本職』の管轄でしょう?」

「残念ながら今回警察さんは動かん」

「どうして……」

「対象がお偉いさんの()()だからな」

「……っ」


 小さく息を呑む気配。短い説明でも聡い松枝には通じたらしい。


 要するに、誘拐されたのは『不発弾』なのだ。

 お偉いさん、というのがどこの誰かは知らないが、その人間にとって松島京香という女性は公になってもらっては困る存在なのだろう。当たりをつけるとしたら政治家の隠し子というところだろうか。

 なんにせよ、事を荒立てず、かつ秘密裏に事件を収束させることが最優先となっている場合、警察という組織は非常に立ち回りが難しい。制服で大規模な捜索などを行えば対象を確保する前に犯人側へ気づかれる可能性は高く、かと言って、


「ちなみに、相手側の要求は?」

「……現金一〇〇〇万円、及び過去の汚職を公表した上での辞職、だそうだ」


 やっぱりか、と黒宮は頭を搔く。

 要求を呑まなくても破滅、要求を呑んでも破滅。故に解決策は、要求を呑まず相手の『不発弾』を奪い去ること。


「つまりどっかのスケベオヤジの尻拭いってわけですか」

「気は乗らんか」

「別に。仕事ですんで」


 黒宮は至ってフラットに短く答える。

 課長はその答えに満足したのか、口端を吊り上げるように笑った。


「そんじゃあ頼むぞ————『不発弾(タカラ)』探しだ」

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