串焼きの休日に現れたアレ
ヴィクターさんは毎日女神像の前に座っている。もう十日以上は座って読書をしている。お茶を頼まれた時は、少しおしゃべりをする。
稀に大地から魔力が湧き出ていることは昔から知られているそうだ。でも誰もそれは見えないから野生の動物たちの行動や漠然と「この辺りは……」と魔力の濃さを感じるくらいだそうだ。そしてこんな街中で湧くのは珍しいらしい。
大地の魔力である金の粉を浴び続けた効果のほどを尋ねたら「効いてる気がする」と言う。以前よりも魔力を体内で循環させやすいんだとか。良かった。
宿屋アウラでの平凡で穏やかな生活は、異世界で心細くなりがちな私の心を癒やしてくれる。
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二週間ぶりの休みの日が来た。
私は一応ヴィクターさんの担当なのでその旨を伝えて「今日は他の人に用事を頼んでね」と言ったらどこへ行くのか尋ねられた。
「市場よ。前回は堪能できなかったから」
「あの時は悪かった。君を見つけて慌てていたものだから。せっかくの休日を台無しにしたことは謝るよ」
「もういいわ。私も怒ってないし。過ぎたことは忘れる主義なの。本当に忘れられるかどうかは別としてね」
ヴィクターさんが歯切れ悪くその後もゴニョゴニョ言うのでピンときた。
「はっはーん。一人じゃ寂しいとか?お姉ちゃんと一緒に出かけたいとか?」
「だっ、誰がお姉ちゃんだ。寂しくもないわ!ただ、この前の休日を台無しにしたお詫びをしないと俺の気が済まないと言うか」
「わかった。一緒に市場に行く?私、どうしても市場を全部見て回りたいの」
「おう。付き合うよ。俺も本でも探すさ」
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市場の中でも食べ物を扱ってる店の並びは見飽きない。ここホルダール王国の食は以前の世界の欧米風と東南アジア風の物が多い。王宮の食事は欧米風だったけど、庶民の食事は東南アジア風のものも多いようだ。
歩き回っていたら、屋台で焼き鳥みたいのを見つけた。細い串に刺してスパイスをまぶして焼いていた。
「なんていい匂い!」
「食べるか?」
「食べたい」
ヴィクターさんが種類の違うのを二本ずつ買って戻ってきた。
「熱いうちに食べよう」
「ありがとう。おいくらだったの?」
「おごりだ。この前の休日を邪魔したお詫びだから、今日は好きなものを好きなだけ食べろよ」
「ありがとう。では遠慮なく」
アツアツの肉にかぶりつくと、それは鶏肉に似ているけど少し違う。もっと獣っぽい噛みごたえがある。スパイスがいい感じに臭みを消していて美味。
「美味しい。これは何の肉なのかな」
「それはイワガモ。岩場にいて草の葉や木の実なんかを食べる鳥だ。美味しいだろ?」
「岩場に鴨……うん。確かに美味しい」
「何か飲むか?酒もジュースもあるぞ」
「じゃ、甘くなくて冷たい飲み物を」
「了解」
屋台に向かうヴィクターさんの後ろ姿を見ていて気がついた。彼の頭上にスズメバチくらいの大きさの暗い赤色の小鳥が飛んでいた。ちょっと見はまさに蜂のように見える。
私は急いで近くの屋台の人に紙切れとペンを借りて走り書きをした。
『あなたの頭上で暗い赤色の小鳥が飛んでる。なんとかするからそこで少し待っていて』
走り書きをテーブルに置いて席を立った。あの小鳥がいるということは、ヴィクターは魔法使いに監視されてる。私のことも見られただろうか?
私は混雑する市場の少し離れたところからヴィクターを見ていた。彼は飲み物を持ってテーブルに戻り、私の走り書きを見て一瞬表情を硬くしたが、何気ない風を装ってくれた。よしよし。上を見上げたりしないでよ。私が今、助けてあげるからね。
私は市場の中を小走りして目的の物を探した。探していたものを見つけて大急ぎで購入。再び走ってヴィクターの近くまで戻った。
ヴィクターはテーブル席で落ち着いてお茶を飲んでいた。私に気がついたようだけど、知らん顔をしてくれている。私はそっと彼の後ろに回り込み、赤い小鳥の頭が向こうを向いているタイミングを狙って長い棒の先に紐でくくりつけた帽子を小鳥にかぶせた。
「やった!ヴィクターさん、赤い小鳥を捕まえたわよ!」
ヴィクターさんが立ち上がり、私が地面に伏せた帽子の中を覗き込んだ。
「あー。やはり消えてしまったか」
帽子の中は空っぽで、わずかな金色の粉がふわりと残っているだけだった。
「ハル、助かった。今の俺は万全じゃないから、監視モードの使役鳥には気づかなかったよ。その色の小鳥なら飛ばしてる相手はわかる。でもなんで今さら俺を監視するんだろう」
「ヴィクターさん、その前に場所を変えようか。何もいない空中で帽子を振り回した私も空っぽの帽子を覗き込んで会話するヤバいあなたも、注目の的になってるわ」
「了解。どこかちゃんとした店に入ろう。そのほうが監視はしにくくなるんだ」
店に向かいながらふと思った。使役鳥はヴィクターだけを監視していたのだろうか。私も監視対象になっているのではないでしょうね。
本日の17時にもう一度更新します。