大地の意志
その夜、私とヴィクターは王宮に泊まるようにと招待されたけど、それは丁重にお断りして宿屋アウラへ向かった。
次の魔力の落下は三日後、スローン領だそうだ。
あの雲は、人間が作り上げた魔法でむしり取られた大地の力を順番に元に戻したいかのようだ。そんなふうに思うのは私の考え過ぎかもしれないけれど。
私が今回は倒れなかったのは慣れだろうか。それとも身体に刻まれた紋様が守る役目でもしてくれているのだろうか。それは誰にもわからないらしい。ただ、あの光を受けた時、私の腕の紋様は眩しく金色に光って服の上からもわかるほどだったらしい。
「王宮からの招待を断って許されるなんて、信じられない!」
と、ポーリーンさんは言うけれど、私は別に王様に褒められたくてやったわけじゃないし、ヴィクターも「今更あそこには用がない」と言っている。
アウラでは懐かしい面々に再会できた。主人のモーダルさん、使用人頭のクレアさん、料理人のマイルズさん。そしてそして、同室だったコニーちゃん!
みんなで順番に抱き合って、大喜びした。
「ハル! あなたが聖女様だったなんて!」
クレアさんが私の腕を握ってるんだけど、力入りすぎていて痛い。
「そうよ、あなたに稲妻が落ちた時、クレアさんなんか失神しかけたのよ!」
私は私で、少し前に別の意味で失神しそうになった。
実はあの紋様が広がっていたのだ。
手首から肩、そしてデコルテの少し下辺りまでの上半身に前も後ろも画家が描いたような白く細い繊細な植物の紋様が刻まれているのに気が付いた時、気を失うかと思った。
綺麗だけど! 美しいけど! なんかもう、カタギじゃないって感じなんだもの。これからもアレを受けるたびに増えることは確定でしょ?
でもまあ、しょうがないんだろうね。うん、仕方ない。悩んでも無駄。今更「体に紋様が刻まれるから嫌です」なんて言う気にもなれないし。
それにヴィクターは「世界一美しい紋様」とか恥ずかしいことを真顔で言ってくれている。それが一番私を落ち着かせてくれている。
その夜は宴会になった。みんなでマイルズさんの料理をワシワシ食べて、ワインも飲んだ。シリルさんもやって来て、私たちは笑ってしゃべって大騒ぎした。騒いでる最中にコニーちゃんが酔ってふらついて、運んでいたお皿を落として割ってしまった。
「ああっ、やっちゃった。モーダルさん、お給料から引きます? 引きますよね?」
「そんなことよりほら、拾うときに指を切ったね? 少し血が出てるじゃないか。早く手当をしなさい!」
「コニーちゃん、私、いい傷薬を持ってるから、塗ってあげるわよ」
私がカバンから傷薬を取り出して塗ろうと手を近づけた時だ。私の指先が白く光って、コニーちゃんには触れるか触れないかの状態でコニーちゃんの切り傷がすうっと塞がった。
「え? え? え?」
私とコニーちゃんがあっけに取られていると、ポーリーンさんがつぶやいた。
「こりゃ聖女様は本物も本物、ハルは治癒魔法が使えるようになったのね」
「はい? 呪文とか、何も知らないし唱えてないのに?」
ガタンと椅子の音を立ててヴィクターが立ち上がって、お酒に酔った目でじっと私の手をみて、そのままいきなりテーブルに置いてあった銀のナイフで手のひらを軽く切った。たちまち赤い血が盛り上がり、女たちが悲鳴を上げた。
「何やってんのヴィクター!」
ヴィクターは怒る私の前に血の滴る手を差し出して
「俺の傷も治してみてくれ」
と言う。
「やり方がわからないのに!」
と私は怒ったけど、やり方も何もなかった。
私がヴィクターの手を取った時点で傷がみるみる塞がった。おおう。自分でびっくりだわ。
「治癒魔法が使えるってことは、私の中に魔力があるようになったってことかな?」
「さあ……。あれだけの膨大な魔力が通り抜けたからだろうか? その紋様が原因? いやわからないな。俺と一緒に王城に行って、明日、見てもらうか?」
「あー。ううん。いいや。いっそう面倒なことになる気がするから。それよりも、ねえみんな、私の治癒魔法は期間限定かもしれないから今のうちに私が治せるものがあったら治すわよ!」
「えっ? いいの? 聖女様の治癒魔法を受けられるの?」 とか茶化してはいるけど、みんな目がキラキラしていて笑ってしまう。
それから私はモーダルさんの腰痛を治し、マイルズさんの腱鞘炎を治し、クレアさんの肩こりも治し、コニーちゃんのニキビも治した。治癒魔法の大盤振る舞いだ。
そんな感じで夜中まで大騒ぎをした。みんなが次々ダウンして、私たちはおやすみなさいを言って用意された部屋に入った。
翌日の朝、王宮から来た豪勢な馬車に乗り、私たちは金の雲を追いかけた。森の中の街道をスローン領にいる雲を目指して進んだ。金の雲は国内を一周してまた最初のコースに戻ったってことか。
以前来た時はあちこちに見られた金の粉の湧き出す場所がどこにも見当たらない。今は枯渇してるってことだろうか。地下水を汲み上げすぎて井戸が枯れました、みたいな?
それをあの雲は元に戻そうとしているんだろうか。ヴィクターにその話をすると、
「推測に過ぎないが、元の状態に戻そうとする大地の意志が働いてるのかもしれないな」
という。
そんな会話を、私たちと一緒に馬車に乗っているあの古文書に詳しいヒュー老人が一心不乱に書き取っている。聖女に関する記録係に立候補して許可されたのだそうだ。今話してること、古文書になるまで残りそうで嫌だわぁ。
「ヒューさん、雑談まで記録するのはやめてください。それと、私はそんな大それた人じゃないんで。気楽に接してくださいね」
「聖女様に我が名を呼んでいただき、光栄の極みでございます」
「ヒューさん、大げさですってば。普通に会話してくれないと他の馬車に移動してもらいます」
「そっ、それは困ります。わたくしは聖女様の記録を取るために来たのですから」
記録といいつつ怖いようなレベルにまで美化したりしないでしょうね? この災害が終わったら普通の庶民として暮らす予定なんだから、暮らしにくくなるようなことはしないでね?






