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王都の夜

 次に私が目覚めたとき、ヴィクターはベッドの横の硬そうな椅子に座ったままベッドに上半身を預けて眠っていた。


(体がつらそうだな、私の代わりにベッドで寝てもらおう)と、寝たまま腕を伸ばしてヴィクターの肩を叩こうとして、それが目に入った。

私の腕に描き込まれている緻密な模様。細くて白い線画の綺麗な植物模様だけど、ヘナタトゥーみたいな柄だ。これどんなまじないよ。そっと指でこすったけれど、消えやしない。ひぃぃ。


 一人でワタワタしていたらヴィクターが目を覚ました。


「ハル。目が覚めたのか。どこか痛い所はないか?」 

「どこも痛くはないけど、なんか模様が描かれてる。なにこれ」

「それ、聖女の紋様だそうだ。あの魔力がハルの体を通り抜けた後に現れたんだよ。誰かが描き込んだんじゃないんだ。ハルはやっぱり聖女だったんだよ」

「えええ。頑張ったご褒美がこれって、あんまりじゃない? 嫁入り前の体なのに」


 すると半泣きの私の頭をヴィクターが撫でて、ふふっと笑った。


「俺なら気にしないから。むしろ俺は気に入ってる。安心して嫁になれよ」

「ああ、はい。じゃあ、いざとなったらお言葉に甘えます。ありがとう」


 ふたりで照れていたら「コホン」と咳払いされた。驚いて声の方を向いたら、開けっ放しのドアのところに立っていたのは領主のコンラッドさんだった。コンラッドさんがどうしてここに? と思っていたが、説明を聞いて驚いた。


「ハル、君のハートフィールドでの活躍がものすごい勢いで広まっててね。『二百年ぶりに我が王国に聖女が現れた! 』ってうちの領内でも大騒ぎだよ。それでね、取り越し苦労かもしれないけれど、サムナー領の領主と相談して、こんなものを持ってきたよ。使わなくてもいいし、いつか必要になったら使うといい」


 そう言って布に包まれたものを私に手渡してくれた。布を開いて中身を見て、(あー……なるほど)とヴィクターと二人で納得してしまった。


「それで、さっき聞いてきたんだが、二日後にまた二回も魔力の稲妻が落ちるそうだね」

「魔力の稲妻ですか? 私が寝ている間にそんな名前が?」 

「ああ、現場を見ていた者たちがそう言い出したらしくてね。そう呼ばれているよ」

「ハルは休んでいて大丈夫だ。次は広場と市場だから穴が開いても直せばいいという陛下のご判断がくだされたんだ」

「そうなの?」 

「ああ。俺がアレが落ちてもいい場所に誘導するから」

「さすが天才! かっこいいわぁ」

「からかうのはやめろ」


 それがそうは簡単にはいかないことを、この時点では誰も想像していなかった。


 夜。

 王都の住民は何重にも人垣を作り、遠巻きにして広場を見ていた。広場の上空には回転する金色の雲。何十万何百万という花火の集合体みたいな綺麗な雲だ。

 ヴィクターが呪文を唱えながら両手を挙げてしばらくすると巨大な魔法陣が浮かび上がり、白い光であたりを明るくすると、たくさんの見物人たちから「おおお」と低いどよめきが起きた。

 魔法陣は前回と同じように雲の真下でピタリと動かなくなった。すると、それを待っていたように雲の中央より少し右にずれた辺りが強烈に明るくなった。



 カッ! と光った後に、またしてもあの焦げ臭いような匂いと嗅ぎ慣れた土の匂いが広がった。見ると地面には大きな深いすり鉢状の穴が開いていた。

 そしてズズズズ、という低い振動音のような地鳴りのような音が続いた。


「何の音だろうね? 前はあんな音はしなかったよね?」 

 と、ポーリーンさんに話しかけたら、ポーリーンさんがアワアワした顔で指を差した。彼女の指の先を見たら、穴の淵から地面に亀裂が入っていて、それが振動音と共に王城方面に伸びていくところだった。


「え? どういうこと? まさかこのまま……」

 そのまさかが起きて、穴から伸びた亀裂は王城の正門前に届いた。すると頑丈そのものに見えた石造りの塀が崩れだした。ガラガラと音を立てて次から次へとドミノのように、民衆のいる方向へ順に崩れていく。高い石塀だから、これは危ないなんてもんじゃ……。


 ローブを着た王宮の魔法使いと思われる人たちがそちらに向かって走り出した。

 塀の倒壊は見物人たちの方に向かって進んでいて、辺りは一気に大変な騒ぎになった。悲鳴が飛び交う。しかし王城の魔法使いたちが塀の倒壊を止めた。あれは何魔法なのだろう。すごいねぇ。怪我人は出なかったようだけれど、一歩間違えれば大惨事だったろう。

 やはり私があの光を浴びて避雷針役を務めた方が事故や怪我人が出なくて済むと思う。それをエルドレッド殿下に申し伝えた。


「そうか。疲れているのに申し訳ないがここはハルに頼みたい」

と殿下は受け入れてくださった。

ヴィクターは渋い顔だったが、「そのために私をあっちの世界から呼んだんだよね?」と強く頼み込んだら了承してくれた。こちらの世界で誰かの役に立てるのは、私も嬉しい。私たちは次の魔力稲妻の場所である市場へと向かった。

 なぜか遠巻きにしながら民衆も付いてくる。なんだか見物人に大道芸を見せているみたいになっていて、じんわり変な汗をかいてしまう。



雲は少し移動していて、今は市場の真上だ。

またヴィクターが魔法陣を浮かばせて、私が魔法陣の中央の真下に立った。「えっ?」 というつぶやきがあちこちから生まれて、見ている人たちの顔に恐怖が浮かぶ。そりゃそうよね、あんなすごい被害を見た直後だものね。

 やがてまた雲から光が降った。カッ! と光り、魔法陣の穴に吸い込まれて私めがけて落ちてきた。

 目を開けて見ている私の身体を光が貫いた。硬い杭を打たれたような衝撃があった。でも痛みはない。不思議な感覚だった。私の足元が私を中心にして眩しく金色に光り、それが波紋のように同心円状に広がる、最後は見物している人たちのあたりで消えるのが見えた。


魔力を何度も放出したからか、金色の雲ははっきりと目に見えて小さくなっている。これを繰り返していたら最後には消え去るということよね? 


 驚きで目を丸くして恐怖に身体を強張らせている見物人たちに私は「大丈夫ですよー、生きてますよー、怖がらないでねー」という意味で手を振った。するとゴオッというような歓声の波が押し寄せた。たくさんの兵士たちが私に殺到しようとする見物人たちを止めていた。

 みんなが「聖女さまぁ!」と叫んでいた。そっか、あんなの見たらそう思えちゃうか。聖女様なんて呼ばれるのは小っ恥ずかしくて頭をかきむしりたくなるけども。



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