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王都へ

 馬車の荷台で目が覚めた。

 私の傍らにはクロが寄り添っていた。

「ああ良かった。気がついたか。クロはハルが馬車に乗せられたと同時に姿を現して、それから片時もハルから離れないでいたんだよ」

「そう、ありがとうクロ」


 目を閉じるといくらでも眠れそうだった。


「ポーリーン。ハルはあの雲が全て消えるまで無事かどうか、先見をしてくれないか?頼む!」

「ヴィクター、ごめんなさい。先見魔法使いは個人の生死が危ぶまれる場合こそ先見をしないのよ。うっかり知ってしまうことはあるけど、過去の多くの経験からそう決められているの」

「そうか……」


 ポーリーンさんが私に掛けられているヴィクターの上着をめくって腕の様子を見てくれた。

「ヴィクター、治癒魔法は使った?」

「俺程度の治癒魔法では全く。火傷かと思って冷やしたけど、これ、火傷じゃない気がする」

「こんなに美しい火傷の跡なんて見たことない。まるで芸術家が描いた植物画のようだわ」


 私は目を閉じて周りの声を聞いている。私の耳にエルドレッド王子の声が聞こえた。


「ポーリーン、次は王都で間違いないんだな?」

「はい。二日後、夜中、王宮前の広場と市場にそれぞれ一度ずつ魔力が落ちます」

「早馬を出してあるが、きっと今回も避難は完了しないだろうな」

「時間がありませんし、王都の民はあの金色の雲を見ていないのですから。一斉の避難は難しいでしょう。私が場所を特定できるほど先見がハッキリしたのは、つい二日前のことですから、避難が遅れるのは殿下の責任ではありません」


 ポーリーンさんに続いてヴィクターの声が聞こえる。


「殿下。私の魔法陣を使います。地面に大穴は開くかもしれませんが、そこだけ人払いをすれば済みます」

「そうだな。ハルはおそらく、これ以上は危険だろうな」


 音がしない。きっとヴィクターとポーリーンさんは無言で頷いているのだろう。


「ヴィクター、そなたはどうだ。魔力は持ちそうか?」

「まだまだ大丈夫です。焼き切れた脈絡もほとんど回復しております」

「焼き切れた脈絡が回復するなんて話は聞いたことがないぞ」

「ハルが魔力の湧き出る場所を見つけてくれましたから。それを浴びると少しずつ回復するのです」

「なんと得難い能力だろうか。ハルは我が国の宝だな」


 また不自然な沈黙だ。こうして目を閉じていても、ヴィクターとポーリーンさんの引きつった顔が見えるようだ。



 金色の雲より半日早く、私たちを乗せた馬車が王都に着いた。たくさんの兵士、魔法師隊の隊員たちが勢揃いして出迎えてくれた。それを見るなりクロは姿を消した。


「殿下!ハートフィールドでの件は聞き及んでおります。本当にご無事で何よりでございます!」

「ブレント、私はなんともない。ヴィクター、ハル、ポーリーンの三人が見事に事態を解決してくれたのだ」


 私がどうにか目を開けると、魔法師隊隊長のブレント・ベインズはつかつかと真っ直ぐヴィクターに歩み寄ると頭を下げた。

「ヴィクター。活躍した話は聞いた。お前があんな扱いをされた時に、俺は守ってやれなかった。申し訳なかった。この通りだ。ハル殿にもお詫びを言う。すまなかった」

「隊長、退職させられたことはもういいんです。今はそれよりハルを休ませたいんです。ベッドを使わせてください」

「もちろんだ」


 ヴィクターに抱きかかえられて私は王城の治療室に運ばれた。治癒魔法の使い手という中年の女性は、私の両腕の紋様を見て驚きながらも治療しようとしてくれた。しかし何度試しても紋様が消えることはなかった。


「わたくしの治癒魔法でも全く消えないと言うことは、これは火傷や怪我のたぐいではないと思われます。そもそも、このような美しい怪我や火傷があろうとも思われません」


 ペン画のように細い線で描かれたツル植物そっくりの白い紋様は、数日経った今も私の前腕から消えていない。私はだるくてまだ横になっているばかりだ。


「古文書解読の専門家なら、この紋様の意味がわかるかもしれません。ヒュー・ドリンドルです。あの人なら古代から伝わる様々な紋様にも詳しかったはずです。ヒューを連れてきます」


 しばらくして腰の曲がった一人の老人、ヒュー・ドリンドルさんが部屋に連れてこられた。


 ヒューさんは私の腕の紋様を見るなり

「おおお。まさかこの目で聖女の紋様を見ることができるとは」

 と言って私が寝ているベッドの傍らにひざまずき、両手を自らの心臓に重ねた。この国の祈りのポーズだ。


「聖女の紋様?」

 ヴィクターが問うと、ヒューさんは何度もうなずき、感動の面持ちで説明した。


「この国には、もう二百年以上も聖女は現れておりません。最後の聖女は貧しい農民の娘でした。その聖女は病を治し荒ぶる天候をなだめ、作物の豊かな実りを導いたと言います。だが、どこまで真実かは不明です。聖女と勇者の記録というものはなにかと美化して大げさに書かれるものだからです」


 そこまで一気に話し、息を吸ってまた続けた。


「しかし、人々を救った、それだけは本当らしいのです。そして聖女の手の甲には繊細な植物の紋様が白く現れていたそうです。その紋様は描き写されて残っています。まさにハル様の腕の紋様と同じです」


「二百年前の聖女さまは手の甲だけですか」

 ヴィクターが問う。


「そうです。このように両腕の広い面積に聖女の紋様が現れているのは、それだけ聖なる力が強いのかもしれません」


 ヴィクターは私の顔を見つめて黙り込んだまま老人の言葉を聞いている。

 


 

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