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聖女降臨

 夕方。

 

 古都ハートフィールドの繁華街はやっと少し人が減りつつあった。それでも先頭集団が森の入り口で怯えて固まっているため、後ろから来る者たちが前に進めないでいる。その結果、数万人の民たちが森に向かう路上でひしめいていた。


 白いドレスに着替えた私は広場の中央に立ち、ヴィクターは広場の端に立っていた。

 広場の周囲の細い道にはまだまだたくさんの人が疲れた顔で自分たちの前の人が進むのを待っている。



♦︎


 ヴィクターが大きな声で呼びかけてきた。私も大声で返す。

「じゃ、魔法陣を展開するぞ」

「うん。がんばって!」

「おう」


 ヴィクターが空に向かって両手を挙げて目を閉じた。巨大な魔法陣を構築するだけの魔力は十分に蓄えてある。私と出会ってからほぼ毎日、宿屋アウラの裏庭でも、シリルの家の裏庭でも、ディールズの小さな広場でも、魔力を浴び続けてきた。私はせっせとヴィクターに金の粉を浴びるように勧めていた。もしかしたら、あれはこの時のためだったのかもしれない。


 やがてヴゥゥゥンと耳鳴りがするように空気が振動して、暗くなり始めた街の上空に白く巨大な魔法陣が浮かび上がった。


 それは上昇しながら大きさを増していき、やがて金色の雲と地面の間で、そっくり雲を隠すかのような位置に収まると、ピタリと動かなくなった。

 周囲の民衆が何事かと動きを止めて魔法陣を見つめている。しばらく後、


 カッ!


 金色の雲から太い光が落ちた。それは雲の端から落ちたが、魔法陣の中央に流れ落ちるように導かれ、真ん中の穴から私を目指して垂直に落下した。


「うわああっ!」


 大勢の人々が悲鳴を上げたが、何も起きなかった。

 いや、正しくは広場の中央で上を向いて立っている私に向かって魔力の塊は落ちていた。

 白い光は私の頭から足を通って広場の地面を光らせ、大地へと帰っていったのだ。

 風が私の白い衣装を揺らしている。私はちゃんと立っていられた。


 人々の興奮した声が私のところまで聞こえてくる。


「今、あの娘さんに光が落ちなかったか?」

「落ちた。まともに落ちたよ」

「無事、だよな?」

「ああ、無事だ。男の人の方を見て笑ってるぞ」


 腰をかがめていた人々が立ち上がり、広場の中央に立つ私を見ていた。静まり返る辺り一帯から、「聖女様?」「聖女様だ!」という声が上がり、やがて広場周辺にいた全員が「うわあああ!聖女様がいらっしゃった!」といううねりのような叫びとなって人々の間に伝わっていった。


 私に駆け寄ろうとした人が多かったので、私は片手を挙げてそれを制した。


「来てはいけません!まだ魔力が降ってきます!皆さんは少しでも離れて!ここから離れてください!」


 それを聞いて駆け寄ろうとした人々は踏みとどまり、チラチラと私を振り返りながらもすり足状態の列に並び直して前に進んだ。


「ハル、来るぞ!」

「了解!」


 魔法陣を魔力で維持しているヴィクターは、ポーリーンさんの先見を忘れていないはずだ。「続けて三度魔力が落ちます」とポーリーンさんは言っていたのだ。ヴィクターは両手を挙げた状態で雲を見据えている。


 しばらくしてまた、カッ!カッ!と二度続けて金の雲が光った。放たれた魔力は一度目と同じく魔法陣の中央に導かれて私の上に落ちた。

 今度も私の足元の地面は眩しく光って、落ちた魔力を飲み込んだ。

 それを見届けたら力が抜けてしまい、私はガクリとしゃがみ込んだ。


「ハル!」


 ヴィクターが駆け寄って来て、空の魔法陣はすうっと消えた。


「大丈夫か?」

「大丈夫だと、思う」

「どこか怪我をしたのか?」

「腕が、熱いかも」


 慌ててヴィクターが白いドレスの袖を捲り上げた。ヴィクターも私も同時に息を飲んだ。


「ねえヴィクター、これは……何?」


 私の両腕の肘から先、手の甲を経て中指にまで金色に光る繊細な紋様が刻まれていた。それは生い茂るツル性植物にそっくりで、ところどころに蕾のようなものまで描かれていた。紋様にヴィクターが触れると、指が冷たくて気持ちがいい。火傷した時と同じ感じだ。


「熱いから火傷かな」

「今、冷やしてやるから、待ってろ!」


 そう言ってヴィクターが広場の片隅にある水飲み場の井戸から水を汲み、自分のシャツを脱いで水に浸している。そして走って戻り、私の腕に被せてくれた。


「ふぅ。冷たくて気持ちがいい」

「他は?他に痛いところはないのか?」

「大丈夫」

 笑った直後に私は気が遠くなり始めた。


「ハル!ハル!」

 耳元でヴィクターが叫んでいるのは聞こえていたけれど、私の意識はゆっくり暗闇に落ちていった。

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書籍『ええ、召喚されて困っている聖女(仮)とは私のことです1・2巻』
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