望まぬ再会
「こんなところにいたのですか!」
横からいきなり肩をつかまれた。怖くて固まりそうになったが、相手の顔を見て驚いた。私を召喚した魔法使いだ。
「ええと、たしかヴィクターさん?」
「ずっと探していました。なぜ城から去ったんです?」
「はい?」
この人、何を言って……。
周りの人が注目しているのに気づいて、ヴィクターさんは「ちょっとこちらへ来てください」とだけ言ってどんどん進んだ。
しゃれたレストランに入ろうとしたから、私は入り口で足を踏ん張った。
「私はあなたに用がありませんし、お金もありません。だからこのお店にも入りません」
ヴィクターさんは茶色の瞳で私の顔をじっと見た。
「なんですか?」
「金ならあります。乱暴もしません。聖女様と話をしなければならないのです。とにかく店先で押し問答したら店の迷惑ですから入ってください」
言われるがまま仕方なく隅の席に腰を落ち着けた。お茶を二つ注文すると、ヴィクターさんは「ふううう」とため息をつく。
若い魔法使いは茶色の瞳に茶色のサラサラした長い髪。髪は後ろでひとつに縛っていて、お城で着ていたローブではなくシャツと上着、ズボン姿だった。そして初めて見たあの時よりもずいぶん痩せたような気がする。
「宰相からは俺が寝込んでいる間に聖女様が出て行ったと聞いています。なぜそんなことをしたんですか」
「違います。全く逆です。出て行けと言われました。だから着の身着のままでお城を出て街に来たんです。それと私はハル。聖女様と呼ぶなら今すぐここを出ます。様も付けないでください」
「あー、では、ハル。着の身着のまま?それは……酷いな。今までどうしてたんです?」
「親切な人に助けられて生きています。優しい人たちに出会えました。あなたに詳しいことは言いたくありません。あなたは自分たちが何をしたのかわかっているのでしょうか。あなたたちがやったのは国家ぐるみの誘拐ですよ」
「……っ」
「私は、私の世界でそれなりに幸せに生きていました。私がいきなり消えてしまって、私の家族も友人も心配しているはずです。犯罪に巻き込まれたかと悲しんでもいるでしょう。あなたたちは私を誘拐して役に立たないとわかったら、当座のお金も持たせずに異国に一人で放り出しました」
「いろいろ本当に済みませんでした。俺ができることなら全力で償います。しかし俺の召喚術は成功したんです。ハルは間違いなくこの国を災害から救ってくれるはずなんです」
「救ってくれるはず、ですか。まずは自分たちでなんとかしようとするべきじゃないかしら。とにかく、もう私にかまわないで下さい。あなたの償いも不要です。では、お茶をごちそうさまでした。さようなら」
必死に冷静を装った。怒鳴ったり取り乱したりしたくなかった。
「待って!」
ヴィクターさんは立ち上がって私を追いかけようとしたらしい。しかしそのままぐらりと体が傾いた。そして床にかがみ込んでしまった。
「お客様、大丈夫ですか?」
お店の人が駆け寄って来た。離れた席のお客さんたちも目を丸くしてこちらを見ている。
「えーと、ヴィクターさん?どうしましたか。大丈夫?」
「……大丈夫です」
それだけ呟いて黙り込んだ。このまま知らん顔して立ち去ったら、私もこの国の偉い奴らと同じ『自分のことだけ人間』になる、か。
仕方なくヴィクターさんに手を貸して椅子に座らせ、私も席に戻った。
「ちゃんと食べてます?かなり痩せましたよね?」
「食事ですか。脈絡が焼き切れて以来、食欲なぞ出ません。俺は一生に一度限りの召喚を成功させたのに、あれは無かったことにされましたから」
「待って。無かったことに?私を呼んでおいて?」
「ええ。国王陛下のご命令で行った召喚術が失敗したとは言えないらしい。失敗なんかじゃないって言ってるのに」
「はぁ。どこまで最低な人たちかしら。それであなたは?生涯一度の召喚術を使って、体も壊して、お城のお勤めは首になってないわよね?」
ヴィクターさんは暗い顔で薄く笑った。
「首にはなってません。なぜなら俺は王城の魔法師部隊を病気で自ら退職したことになっていますから。記録は書き換えられました。だから召喚術を使ってないことになっているんです」
うわぁ……。この人も被害者と言えば被害者か。勤め人なら上司の命令には従わざるを得なかっただろうしね。
「あの、単なる好奇心で尋ねるんですけど、お金は本当に持ってますか?生活の基盤はちゃんとあるんですか?」
男の見栄ならここは私が払おう。私には衣食住を保障された真っ当な職場があるからね。
するとヴィクターさんは懐から革袋を取り出してテーブルに置いた。ズシャリ、と重い音がした。
「見てください」
縛ってある紐をほどいて中を覗くと金色のコイン、銀色のコイン、赤っぽい銅色のコインが大小たくさん入っていた。
「あ、本当にお金はあるんですね。安心した。じゃあ何か注文して食べた方がいいわよ。注文しますよ。何が食べたいかしら」
弟二人の面倒を見ていた過去の育ちがうっかり顔を出す。困ってる人や弱ってる人をみるとついつい世話を焼いてしまうのは私の長所なのか短所なのか。
「なんでもいいです」
「出た。『なんでもいい』それ周りの人が一番困るんですよ?じゃ、適当に注文しますから好き嫌い言わないで食べてくださいね。それと、面倒だからお互い口調はもう普通でいいわよね?」
しばらくして豆と芋のおかず風スープとハムとたまごのサンドイッチが来た。
「ゆっくり少しずつね。よく噛んで食べないとおなかがびっくりするわよ」
ヴィクターさんはだるそうにスープを飲んだが美味しかったらしい。次もスプーンで口にスープを運んで、サンドイッチにもかぶりついた。見ていたら、おなかを空かせた大型犬に食べ物を与えたようなほっこりした優しい気持ちになった。
全部食べ終えて満足そうにおなかをさすりながら、彼はまっすぐに私を見つめて口を開いた。
「大災害は必ず来ます。先見様は間違ったことがない。彼女は天才なんだ。そして俺の召喚術も失敗していない。あなたの力が必要だ。俺と協力してこの国を救ってほしい」
「……まだそれを言うか。私の話をちゃんと聞いてた?」
ほっこりした私の気持ちを返したまえ。






