植林場にて
金色の火花を散らしている竜巻に踏み込んだ瞬間、濃くて温かい霧にブワッと囲まれたような感じがした。眩しさに思わず目を閉じた。
「おおおおっ!」
背後から聞こえるどよめきに目を開けると、私を包んで渦を巻いていた金色の竜巻は少しずつ薄くなっていった。下から薄くなりながら金色の渦が解けていくかのようにシュルシュルと消えていく。
解けていく様を目で追って見上げると、竜巻はゆっくりと雲のところまで消えていって、終わった。
「雲は消えない、か。そう簡単にはいかないよね」
「ハル!」
ヴィクターの声がして振り向くと、ヴィクターとポーリーンさんが走ってくる。
雲は少しずつ移動していて、広場はすっぽりと金色の雲に覆われていた。雲に覆われているのに柔らかな光に照らされて広場は普段より明るくなっていた。
「身体は無事か?」
「うん。大丈夫。なんともないよ」
ヴィクターがいきなりガッと私を抱きしめて私の頭に顔を埋めた。彼の茶色の長い髪が私の顔にかかった。髪からはヴィクターのいい匂いがした。
「ヴィクター?」
「俺、俺は、心臓が止まるかと思った」
私がヴィクターの背中を優しく叩いてなだめると、半分泣きそうな茶色の瞳が私を覗き込んでいた。
「大丈夫だから。それより雲が消えてないの」
「私、先見をするわ。ディールズの明日を先見してくる」
「頼りにしてます」
ポーリーンさんが幕舎の中へと消えて、王子様が入れ替わりにこちらに来た。
「ハル。大丈夫か?」
「大丈夫です。殿下、ポーリーンさんは地面が削られたり建物がスッパリ切り取られたりした場面を先見しているんです。あの雲が消えない限り、まだ安心はできないと思います」
王子様が驚いた顔になった。
「そんな先見が出ていたのか!」
「その先見が出たのはつい最近のことです。なので私たちはあの雲の行方を見定めなければならないと思うんです」
「そうだな。では私は今後のことを話し合ってくる」
すぐに町の人たちは帰宅するように命じられて広場は兵士たちだけになった。
私たちは幕舎に戻り、今後の対策を練ることにした。まずはどこの土地に大穴が穿たれどの建物が切り取られるかだ。
「ポーリーンにその様子を描かせて土地勘のある者に見せてはいかがでしょう」
副司令官がそう言うと、王子様が同意した。
「そうだな。それと、ポーリーンは先見をどのくらい連続でできるのだろう。肝心な時に魔力切れにならぬようこちらで配慮しなくてはならないだろう」
「殿下、そのご心配には及びません」
「ポーリーンさん!」
「私の先見に使う魔力はたいした量ではないのです。むしろ体力のある無しに影響されます。必要な時点の先見を洗い出してください。重要度の順にきっちり先見いたします」
か、かっこいい……。いつも控えめな態度のポーリーンさんが凛々しくてかっこいい。
それからポーリーンさんは幕舎に缶詰になって延々と先見をした。シリルさんがずっと付き添っていた。
今、私はヴィクターと一緒に広場に立っている。雲は相変わらず光っている。数万の線香花火を集めたようなパチパチした光は、この後のことを考えなければ美しいものだった。そう思うのは私だけではないらしく、兵士たちも恐れている者だけでなく子供のような無邪気な表情で眺めている者も多かった。
広場の周囲の二階建て三階建ての建物の上の階は住宅になっているらしく、家々の窓からたくさんの町民たちが空を見上げていた。ここに留まっている彼らは魔力が無い人たちだろうから、怖い物見たさなんだろうが、なんだか胸がザワザワする。
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ポーリーンさんの先見に基づいて地面が抉られる場所が特定された。それはディールズの町の北の端にある木の苗を育てる場所だった。サムナー領では植林によって豊かな森林資源を活用している。その植林場が抉られる先見が出たそうなのだが。
東隣の国に雲が直進せずに王国内を北上することにあからさまにがっかりしている上級兵がいた。するとエルドレッド王子が役付きらしい兵士を叱りつけた。
「馬鹿なことを言うな!アレが我が国から他国に流れて行ったら『ホルダール王国が意図して災難を送りつけた』と思われたらどうする。いらぬ争いの種となるわ!」
(全くその通り)と思ったのは私だけではないだろう。この王子様の感覚が普通でホッとする。
「それにしても魔力の塊であろうあの雲がどうやって地面をえぐるのでしょう。再び竜巻が起きるのでしょうか」
「それが分からないから、今は取り敢えず人を近づけないようにするしかあるまい」
こうして兵士たちによって急いで植林場は出入りが禁じられた。ポーリーンによって指定された日の夜。それは起きた。
竜巻は消えたが、膨大な量の魔力溜まりは回転したまま衰えず、ゆっくり移動して植林場に差し掛かった。固唾を飲んで見守っている人々の目の前でカッ!と一瞬辺りが白く明るくなった。円盤状の雲の端の方が光ったように見えた。
眩しさに皆が目を開けられず、やっと目が見えるようになった時。植林場は直径百メートルほどの大きなすり鉢状にえぐられていて、あたりには土や樹木が焼け焦げた強い臭気が立ち込めていた。こんな大規模な被害だったのに、音も振動もなかった。
「こんな……こんなことが都市部で起こったら大惨事になる!」
エルドレッド殿下の声はその場に居合わせた者全員の思いを代弁していた。
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ポーリーンの先見した大災害まであと一ヶ月。
続きは明日朝公開します。






