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金の雲の噂

 ホルダール王国の東の玄関口、ディールズの町に奇妙な噂が流れた。


「金色の雲が領地の西に現れた。軍隊が来て魔力持ちを避難させているらしい。魔力持ちは金色の雲に近づくと魔力を全て失って倒れるらしい」


 最初にその噂を聞き込んできたのはシリルさんの実家を管理していた夫婦だった。町の商店街で静かに広まっている噂なのだそうだ。どうやら親戚の家に避難した魔力持ちが話したらしく、その親戚が野菜を市場に卸しながらしゃべったらしい。


「ポーリーン様は魔力をお持ちとうかがいました。いざという時に避難する場所を決めておかれますように」


 そう心配してくれるのだが、夫妻自身はのんびりしている。彼らは魔力を持たないので「魔力持ちの方は大変ですね」という感じだ。


 それを聞いた私とポーリーンさん、ヴィクターは顔を見合わせた。金色の雲なんて今までポーリーンさんの口から聞いたことがなかったからだ。


「ポーリーン、ジェラートは俺が作っておくから詳しい先見を頼めるか?まずは明日のサムナー領の様子だ。金色の雲とやらが関係しているかどうか」

「わかった」


 早速台所の椅子に腰を下ろしてポーリーンさんが先見を始めた。目を閉じて両手の指先に魔力と意識を集中させている。


 赤米のおかゆを炊きながら私もチラチラとポーリーンさんの様子をうかがう。真剣な顔で先見をしているポーリーンさんは凛々しく美しい。たまたま台所に入ってきたシリルさんも私たちの様子に気がついて足音を消して静かにポーリーンさんの斜め向かいに腰を下ろした。


 私は今日のおかゆのトッピング用に猪のバラ肉を刻み、ニンニクやエシャロット、刻んだ香草と共に炒め煮している。煮汁が煮詰まり、香ばしいいい香りがしてきた。ヴィクターは鍋で砂糖を加えた牛乳を温めながら木ベラでゆっくりかき混ぜている。


 やがてポーリーンさんがパチリと目を開けた。

「明日は何も起きないわ。金色の雲が大きくなるだけ」

「雲が今どこにいるか、場所はわかるか?」

「ううん。ひたすら森しか見えない。目印になるものがないわ」

「そうか。明日はとりあえず無事なんだな……。じゃあ、俺たちはいつも通り商売に出かけるか」





 シリルさんが改造してくれた馬車に売り物を全部積み込んで私たちは町の広場に向かう。みんな考え込んでいる。我慢できずに私が最初に口を開いた。


「魔力を奪う金色の雲って、あのつむじ風と関係あるのかしら」

「俺もそれを考えていた。だけどつむじ風を操っていた彼らは捕まったし、何より俺が対峙した彼らは全員魔力が弱かった。雲を作るような膨大な魔力なぞ、持っていなかったぞ」


 三人で首をかしげながら広場に向かったが、そこには人だかりができていた。


「なにかしら」

「俺が見てくるよ」


 ヴィクターが走って人だかりに向かったが、すぐに戻ってきた。


「魔力持ちは町長のところに必ず行くようにと書いてあった。そして町の人たちが言うには、町長の家に向かった者は、大人も子供も皆、慌てて荷造りしてどこかへ向かったそうだ」


「避難させているのかしら」

 私にはそれしか考えられない。


「まあ、ポーリーンさんによれば今日と明日は大丈夫だそうだから、さ、商売商売」


 私は意識して明るく声をかけたけれど、心の中では覚悟を固めていた。


 目に見えない脅威が生まれて、その国に召喚された私にはそれが見える。その意味を繰り返し考えた。何度考えても答えはひとつしかなかった。



♦︎



 この町の魔力持ちの数は比率で言うと少ないから、人出はいつもと変わらず、私たちはトッピング付きのおかゆとジェラート、熱いお茶を売りまくった。「稼げる時に稼ごう」と私が言うとヴィクターは笑って手伝ってくれた。ポーリーンさんは少々浮かない顔だった。


 それから一週間以上、私たちはいつも通り働いた。町の様子も変わらなかった。ポーリーンさんの先見でも連日「森の上に金色の雲がいて、ゆっくり育ちながら移動している」と言うだけだった。


 私たちの生活に変化が起きたのは、お触れが張り出されてから十日は経った頃か。ディールズの町にたくさんの兵士がやって来た。見るからに位の高そうな人がいて、その人を見たヴィクターとポーリーンさんが固まった。


「知ってる人?」

「ハル、あれは王国軍の副司令官、ダグラス・エドワーズだ」

「なんでダグラス様が動いてるのかしら。魔力切れが起きるにしても死ぬわけじゃないのに」

「おい、ポーリーン、あれ……王太子殿下じゃないか?」

「あ。ほんとだわ。なんで王太子殿下?」


 私は二人が小声でやりとりしているのを黙って聞いていた。胸がざわついて仕方ない。


 私たちは広場の入り口に馬車を一時止めてどうしたもんだかと動きかねていたのだが、キラキラしい雰囲気の王子様がフッと顔をこちらに向けた。


「あ。しまった。俺、目が合ったような気がする」

「ヴィクター、確かに目が合ったみたいよ。こっちにいらっしゃるわ」

「ええ?ヴィクター、ポーリーンさん、どうするの?私たち見つかっても大丈夫なの?」


 ヴィクターが黒い笑顔で私を見た。


「ハルは追い出されたんだし俺は王城勤めを首になったんだ。堂々としていればいいさ。ハルはましてやこの国の人間でもないんだしな」


 するとポーリーンさんが額に手を当ててつぶやいた。


「私は……まずいかも。申請した休暇はとっくに消化し終わって、今は首になってるか無断欠勤状態か、どっちかわからないのよ」



♦︎



 ポーリーンが先見した大災害まであと二ヶ月。


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