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掃除は得意です

 私は使用人として雇ってもらった。


 ご主人のモーダルさんは客人扱いすると言ってくれたけれど、さすがにそれは辞退した。魔法も使えないし、この世界のことに無知な私だもの。


「私は魔力がありませんので、魔力がなくてもできる仕事があればやらせてください」


 するとモーダルさんは顔の前で手を振った。


「いやいや、私を含めて平民のほとんどは魔法を使えないから安心してください。娘のシェリーはごく稀に生まれる平民の魔力持ちなのです。おかげで王城で雇ってもらえたのです」


 そうなのか。安心したら足の力が抜けそうになった。


 私は使用人頭のクレアさんに指導を受けることになった。クレアさんは髪を後ろでお団子にした、ふくよかな五十歳くらいの女性だ。優しい笑顔で私を使用人用の部屋に案内してくれた。


「旦那様に話は聞きました。災難だったわね。ここはみんな気のいい人ばかりだから安心してね。ここがあなたの部屋。二人部屋よ。狭いけれど必要な物はひと通り揃ってるわ。同居する子はコニー。まだ仕事中だから紹介はあとで。荷物は……って何もないのね。本当にいきなり召喚されて追い出されたのね」


 クレアさんはそう言うと私をギュッと抱きしめてくれた。


「つらいわね。あなたにはあなたの生活があったでしょうに。でも、この国はそんな人たちばかりじゃないから。どうか元気を出してね」


 クレアさんの腕の中はあったかくて柔らかくて、ザラザラしている心も少しだけほぐれる気がした。




 私は客室の清掃係を任された。掃除は得意だと言ったら「まずは腕前を拝見」と泊まり客が帰った後の部屋の掃除を任された。掃除が終わってクレアさんに点検してもらった。


「全く落ち度がないわ。前の世界でも掃除の仕事を?」


「いいえ。普通の事務員でした。休みの日にひとり旅をするのが趣味で、安い宿に泊まることが多かったのですが、安い宿は綺麗なところとそうでないところがあるのです。なので気になる場所がどんな所か、客の目線でわかるんです」


「なるほど。これなら今日から一人で仕事を任せられるわ」


 良かった。役に立てる。全力で頑張ろう。もう元に戻れないならこの世界で生きていかなくちゃならないんだもの。


「今からすぐに働きたいです。何も考えなくて済むから」と訴えると「悪いわね」と言いながらクレアさんが制服を手渡してくれた。シェリーさんが着ていたのより丈の短いメイド服だ。


 客室は一人用、二人用がほとんどで、四人用がひと部屋あった。渡されたほうきとちり取りとバケツとモップを使って掃除をした。途中から掃除用具入れにあった雑巾も使った。ベッドの下、窓枠、小さなタンスの上、テーブルと椅子を磨く。ベッドからシーツやカバーを外して新しいものに交換するのも私の仕事だ。


 何も考えずに済むように仕事に夢中になった。部屋の隅、椅子の脚の裏、窓枠の角、鏡の端。見落としがちなところを丁寧に掃除した。掃除をしているときは怒りも悲しみも感じないで済んだ。



 夢中で働いて一日が終わった。昼は交代でサンドイッチを手早く食べた。夜遅く、客たちが全員部屋に落ち着いた頃合いを見計らって使用人たちが集められた。そこで私がここに来た経緯、掃除係として雇われたこと、シェリーさんの口添えがあったことをモーダルさんが説明してくれた。


「髪と目以外はこの世界の女の子と変わらないのに。ひでえ話だな。勝手に召喚して魔力が無いからって女の子を身ひとつで放り出すなんてよ」


 ガタイの良い三十歳くらいの男性が唇を噛み締めている。料理人のマイルズさんだ。


「今夜から同じ部屋ね。私はコニー。よろしくね!」


 コニーは赤茶色の髪の可愛らしい人だった。いい人そうでホッとした。それから遅い時間の夕食になった。


「それで、なんであなたは召喚されたの?何か理由があるんでしょう?」


「優秀な魔法使いを呼ぶつもりだったのかもしれません。詳しいことは何もわかりません」


 みんながブツブツと王宮の偉い人たちへの不満を口にしていた。勝手すぎるとか、人でなしだとか。その通りなのでうなずいていたが、大災害の話は言わなかった。口を滑らせて殺されたらたまらない。私は命が惜しい。



「さあ、ハル、今日は疲れたでしょう?今夜は早くおやすみ」


「ありがとうございますクレアさん」


 それからの日々、落ち込みそうにもなるけど、そんな時は仕事に精を出して忘れることにした。働いて疲れて気持ちよく眠る。そうしているうち二週間に一度のお休みになった。




「ハル、今日はお休みでしょう?どうするの?」


「市場に行ってみようと思う。この国のことを何も知らないから少しずつ知りたいの」


「そっか。スリに気をつけて。って、あなたお財布さえもないんだったわね」


 週ごとに払われるお金は持っている。そしてお財布どころか私物が何もない。コニーは可愛いピンクの布の小袋をプレゼントしてくれた。それは財布らしい。中に私のお金を入れて出かけることにした。


「行ってきます!」

「迷子にならないよう気をつけて!」


 市場は宿から歩いてすぐだ。たくさんの人の気配、呼び込みの声、漂う食べ物の匂い。偉い人たちは大災害が起きると言っていたけれど、そんな気配はどこにもなく、天気は爽やかでこの市場は活気に満ちていた。大災害は本当に来るのかな。


 大地震?巨大台風?でも日本だって数え切れないほどの災害が起きたけれど、国は滅びなかった。心配のしすぎなんじゃないのかな。


 市場の探検は楽しかった。食べたことのない物を屋台で買って食べた。飲んだことのない味のジュースも飲んだ。



 そして、会いたくない人に出会ってしまった。


 



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書籍『ええ、召喚されて困っている聖女(仮)とは私のことです1・2巻』
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