シリルさんの実家へ
「私はみんなと一緒で嬉しいけど、シリルさんとポーリーンさんの仕事は大丈夫なの?」
私がそう尋ねると二人とも笑って「大丈夫。安心して」と言う。
「私は独り者だし建築家として働き続けてきたから蓄えはある。仕事はしばらく休んでも問題ないようにハルが連れ去られている間に手配したよ。むしろいい機会だからしばらくはのんびりするさ」
「私もよ。二十年も休みを取らなかったんだもの、休みたいの」
二人がそう言うなら気にしなくていいのかな。
「それを聞いて安心しました。私はまた商売をしたいな」
「お。ジェラート屋なら俺も手伝うぞ」
「ありがとうヴィクター。頼りにしてます」
幌馬車は進む。シリルさんの実家は海と国境がある商業の盛んな町らしい。
「実家は誰も住んでいないけど、近所の人に空気の入れ替えと掃除は頼んであるから、多分すぐに使えると思うよ」
「じゃあ、商売もすぐに始められるわね」
「ハルはずっと拘束されてたんだ。無理はしないでしばらく休んだらどうだ?」
「あらヴィクター。大丈夫よ。むしろ動いた方が回復の助けになるわ」
「それならいいんだが」
♦︎
快適な幌馬車に揺られながら、ポーリーンは胸の内の不安を押し隠している。
つむじ風の犯人が捕まったあと、(これは大災害とは無関係だろうけど)と思いながら先見をしたのだ。
両手の指先を合わせ、目をつぶり、体内の魔力を指先に集中させてからそっと指先を離す。そこに小さく精密な丸い魔法陣が浮かび上がり、そこに強く魔力を注ぎ込むと魔法陣の中に指定した未来が見える。
ポーリーンはヒュッと息を吸い込んだ。そこに見えるのはあちこちから煙が上がり、大地はところどころ抉られたように緑が消えて土がむき出しになっている。
「なにこれ」
それはまさにハルを召喚する前に見た未来の王国の姿だった。二つの未来のうち悪い方の未来は前回よりもハッキリしていて、豊かな未来の方は逆にぼんやりしていた。
つまりあの少年たちが逮捕されたことがホルダール王国の災害に結びついているということか。
「どういうことだろう。彼らは逮捕されたのに」
自分の休暇は残り七十日。今ハルを王都に連れて行こうとしても了解は得られないだろうし、それが正解かどうかも不明だ。とにかく彼女から離れないようにしなくては。彼女の居場所と行動を把握して先見を続けなくては。それが自分の責任だとポーリーンは考えた。
♦︎
やがて馬車はシリルさんの実家に到着した。国境が近い町だけあって、異国風の服を着た商人や異国風の構えの商店が並んでいた。たくさんの人で賑わっていた。
「意外だわ。シリルさんのイメージから人が少ない所かと思っていたの」
「ハル、それは逆なんだよ。人が多い土地で育って人と上手くいかなかったから、その反動で辺鄙な田舎に住むようになったのさ」
「そうなんですね……。シリルさんは私たちといる時、人付き合いが苦手な人には全然見えないから、なんだか不思議です」
ポーリーンさんがそう言うとシリルさんが眩しいものを見たかのように少し動きを止めて目をパチパチした。
「それが自分でも不思議なんだが、君たちと一緒にいると自分がなぜ人を避けて暮らしていたのか忘れそうになるんだ。散々嫌な思いをして人間なんて大嫌いだと思っていた私なのに、君たちといるのはとても楽しいんだ」
そう答えるシリルさんを優しい顔で見ているポーリーンさん。
「ハルが金の粉を見える人だと言うのが大きかったと思うよ。君たちには本当に感謝しているんだ。小さく縮こまっていた私の世界のドアを開けてくれたのは君たちだからね」
「ポーリーンさんにも会えたしね!」
「ハルったら。茶化さないでよ」
「うふふ」
やがてシリルさんの実家に着いた。賑やかな商店街の外れ、住宅街と商店街の境目にあった。
「素敵……」
ポーリーンさんがうっとりするのも無理はない。古風な二階建ての建物は大きく、白い壁と上品な深みのある赤い屋根。建物の角には花が絡んでるような彫刻が施され、ドアも窓も手の込んだ装飾彫りがなされている。
庭は花が咲き、芝生は綺麗に刈られていて、人が住んでいないとはとても思えない。
「近所の人に管理を頼んでいたのだが、ずいぶん丁寧に管理してくれているようだ。あとで礼を言いに行かなくては」
「顔合わせを兼ねて私たちも一緒にご挨拶に行きたいのですが、いいでしょうか」
「ああ、もちろんだよハル。君たちもそれでいいかい?ヴィクター、ポーリーン」
「はい」
「ええ、もちろん」
三軒ほど先の家にシリル家の管理をしてくれている人の家があった。出迎えてくれたのは温厚そうな五十代の夫婦だった。
「やあ、久しぶりだね。家の管理をしっかりやってくれていて感激したよ」
「シリルさん、お久しぶりです。できる限りのことはやっておきましたよ」
「完璧だよ。そうそう、この方々は私の友人なんだ。しばらくここに滞在するんだ」
「ポーリーンです」
「ヴィクターです」
「ハルです」
「ようこそディールズへ。管理人のデニスです」
「いらっしゃい。私は妻のドリーです」
赤髪の夫婦は優しい笑顔で挨拶をしてくれた。誠実な働き者であることはシリルさんの実家を見ればわかった。
こうして私たちはここ、国境の町ディールズでの暮らしが始まった。






