爆発音
おそらく今は夜中だと思う。
突然「ドーン!」と腹に響く爆発音がしたのはクロを送り出してからかなり時間が経った頃だった。音と同時に建物がビリビリと揺れた。
来たのか。ヴィクターたちが来てくれたのだろうか。たくさんの人が叫んでいる。ボンッ!という破裂音、バキバキと木の折れる音。叫び声が続いている。
「クロ!いる?いるならおいで!」
「にゃ」
「縄を切れるかな」
「にゃ」
両手首を縛ってある縄をクロが前足で軽く何度かこする。爪で縄が切れて久々に両腕が自由になった。さっさと頭の袋を取り去った。
「うぅ。眩しい」
芯を絞ったオイルランプの灯りだけなのに、何日も袋を被せられていた目にはとても眩しい。クロの目が灯りを受けて緑色に輝いていた。
「クロ、私を外に出せる?」
「にゃ」
ドアの鍵を魔力か何かで開けるのかと思ってたけど、クロは外に面した壁をカリカリと引っかき始めた。やだ、猫だ。まんま猫のやることだ。期待しすぎたか。
と、落胆していたら壁がボロボロと削れて穴があき、穴はどんどん大きくなった。もう私でもかがめば通ることができる穴だ。魔猫すごいな。
「ありがとう、クロ」
「にゃっ」
出た所には誰もいない。爆発音は小屋の反対側で起きていた。煙も上がっている。
「私が無事に逃げたことをヴィクターに伝えてくれる?」
「にゃっ」
弱っている脚でヨロヨロしながら近くの藪に向かって歩く。走りたいのに縛られていた足が思うように動かず走れない。あと少しで藪にたどり着く、と言うところで後ろから声が聞こえた。
「止まれ!止まらないと攻撃する」
ゆっくり振り返ったら若い男が手に小さな火の玉を構えていた。ヴィクターのよりずっと小さいやつだった。
「クロ、気にしないで。行こう」
「にゃ」
また藪に向かって進む。
「ファイヤーボール!」
背中に火の玉が近づいたのは熱い空気でわかったけど、大丈夫。
「えっ?ええっ?」
背後で驚き慌てている声がした。
そのあと何回も「ファイヤーボール!」と言う声がして熱風は来たけど私は何事もなかった。ていうか、前方の藪が燃えて山火事になるからやめてほしい。そっちの方が危ないから!
「クロ、追い払って」
「にゃ」
「うわわ!魔物だ!」
よしよし。
そのうち私のすぐ後ろで戦闘が始まった。すぐにヴィクターの「ハル!」という声が聞こえた。振り向くとヴィクターが何人かの魔法使いらしい人たちと一緒に戦っていた。
きっともう大丈夫だ、と安心したら力が抜けてヘナヘナとしゃがみ込んだが、安心できない物が見えた。
つむじ風が彼らの方に近寄りつつあった。
「つむじ風!ヴィクターの後ろ!あっちに逃げて!」
だめだ、追いつかれそう。私はまた小屋に向かって戻った。急げ!急げ!ちくしょう、もっと早く走れ私!
一人の兵士がドン!と倒れた。魔力を吸い出して金色の柱になったつむじ風がそのまま次の人に向かう。倒れた人は目を開いたまま動かない。意識を失っているのか。大変だ。私はヨロヨロしながらつむじ風を出してる人を探す。
いた。二人組がこちらに向けて魔法を使っている。私は彼らと救援組の間に立った。どうか私の体で遮ることができますように!
「危ない!」と言われて振り向くと、「俺たちの邪魔をするなぁ!」と叫びながら太い木の棒を構えた若い男が走り寄って来て私に向かってそれを振り下ろすところだった。逃げる暇もない。こんな時は景色がスローモーションで見えるって言うのは本当だった。
(あ、これは死ぬ)と目を閉じた。
「ぎゃああああっ!」
目を開けると棒を持った男の右肩にクロが噛み付いていた。半透明の黒っぽい羽をパタパタさせて宙に浮かびながらガッツリ噛み付いている。牙が長い。クロはあんなに長い牙だったのか。
黒い仮面をつけた人が駆け寄って来て若い男に手をかざしながら何か呪文を唱えると、若い男から金色の粉がブワッとあふれた。すぐに男は倒れて動かなくなった。向こうの二人組も既に黒い仮面の人に倒されていた。クロは私のところに飛んできてくるりと空中で一回転してから私の肩に止まった。
「ハル!」
ポーリーンさんが走って来た。泣き顔のポーリーンさんを見たらやっと助かった、と安心した。そしたら今度は本当に腰が抜けた。
「ポーリーンさんも来てくれたのね。ありがとう」
「私も少しなら火魔法を使えるから。先見であなたが無事なことは分かっていたけれど、やっと安心できたわ」
ポーリーンさんはギュッと私を抱きしめて、「さあ、こっちよ」と案内してくれた。私の背後ではまだ戦闘の音がしていたけれど、だいぶ静かになってきていた。
頑丈そうな造りの馬車に乗り、あちこち怪我がないか点検され、水筒の中の薬草茶を飲まされ、もう一度抱きしめられた。
「兵士たちをクロが案内してくれたんだけどね。みんな最初は目を白黒してたわよ。ヴィクターの説明があったからみんなクロに従ったけれどね。パタパタ飛ぶクロの後ろを何十人もの領兵たちが馬に乗ってついて行く様子はねぇ、後世に語り継ぎたいくらい不思議な絵面だったわよ」
それは、私も見てみたかった。






