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宿屋アウラ

 勝手に呼んでおいて私が人間違いと訴えても聞く耳を持たず「召喚成功!わーいわーい!」とはしゃいでいた重鎮たちが全員落ち込んでいる。


 知らんがな。


「元の世界に帰してもらえますか?私は来たくて来たのではないのですから」


 そう何度も言ったが誰も返事をしない。しまいには「うるさい!」と怒鳴られた。


 ……深海魚が怒鳴ったよ。強引に私を誘拐したくせに。業を煮やして自室に戻ろうとしたら、私の背中に話しかける人がいた。


「ハル様。あなたを帰すことはできないのです」


 クルッと振り返ったら、それは宰相の隣に立つ顎髭をたくわえた男性だった。


「帰さないのですか?それとも帰せないのですか?」


「両方です」


 怒りで大きな声になりかけたが堪えた。落ち着け。ここには味方が一人もいないことを忘れちゃダメだ。


「意味が……わかりませんけど」


 すると顎髭の男性は申し訳なさそうに説明した。


「異世界からの召喚には召喚師一人を使い潰すのです。あなたを呼んだヴィクターも、もう召喚師としては終わりました。召喚するための魔力の脈絡が焼き切れましたから。そして別の召喚師を使ってあなたを元の場所に帰そうとすれば、その者もまたこの先の一生を棒に振る」


「それで?」


「何もせずに帰るあなたのために召喚魔法師の一生を台無しにするわけにはいかない。だから帰すわけにはいかない。一週間後にもう一度調べる。それでも魔力が無ければ、あなたは好きにしていい」



 あまりに身勝手な言い分だ。でも私は耐えた。逃げる場所さえないんだもの。部屋に来る侍女さんはシェリーさん一人だけになった。ええ結構。丁重な聖女扱いを私は望んでないからね。



 そしてもちろん、一週間後も私の魔力は無かった。今度は宰相が口を開いた。



「ああ、ひとつ忠告しておこう。この国に大きな災害がくると先見があったことは口外するな。民衆が騒ぎ立てる。しゃべったら命の保証はない。さ、もういい。お前はどこへでも好きな場所に行け。さっさと城から立ち去れ」



 今、私のことを『お前』って言った?

 クズめ。こいつクズすぎる。でも、役立たずとわかった途端にこれなら、下手に騒げば本当に殺されるかもしれない。ここはおとなしく引き下がるべきだろう。


 私はその部屋を飛び出し、帰り道の途中にある中庭でしばらく心を落ち着けた。シェリーさんがずっとそばにいてくれた。

 かなり長い時間ぼーっとしてから力なく自分の部屋に戻った。ドアを開けると、部屋は留守にしている間に様子が一変していた。


 ガランとして家具が何もない。クローゼットにはハンカチ一枚入ってない。私がここに来た時に着ていたジーンズとパーカーと下着だけが床に直接置いてあった。あまりの徹底した身勝手さに思わず笑ってしまった。


 もちろん出て行くとして、この先どうしようと考えながらのろのろと着替えをしてしたら、メイドのシェリーさんが入って来てそっと声をかけてくれた。


「ハル様。本当に申し訳ございません。私、これはあまりに酷いと……」


 そこまで言うと彼女は唇を噛んで涙を浮かべた。


「シェリーさんは何も悪くないわ。泣かないで。ただ、私、一人の知り合いもいないこの国で、どうしたらいいのか」


 するとシェリーさんは私に近寄り、声をひそめて耳打ちした。


「城を出るときに身体検査をされるでしょうからメモを渡すこともできません。どうかこれを覚えてください。南区の三番町にアウラという宿屋がございます。私の実家です。ぜひそこに行ってください。そこでシェリーにここを教わったと言えば助けてくれるはずです。私、今回のやり方を許せません。あまりに勝手すぎます」


 ああ良かった……。人の心を持っている人がここにもいるのだ。クズだらけの国かと思うところだった。


「シェリーさん。ありがとう。このご恩は絶対に忘れません。南区の三番町、アウラですね。覚えました」


「どうかアウラに着くまで気をつけてください。ではこれで失礼します」


 シェリーさんはそれだけ言うと急いで部屋から立ち去った。


 やがて二人の兵士がやって来て、私を出口まで案内すると行って私の両側に立った。他の人の目には連行されているように見えるだろう。


 私は兵士たちと広い王城を出口まで歩いた。すれ違う人は皆、私から目を背けた。私の魔力無しは知れ渡っているらしい。城の平民用出入り口まで来ると、二人の兵士は距離をとった。


 シェリーさんの言う通り女性職員による身体検査をされた。城の物を持ち出してないことを確認すると、女性は「出てよし」とだけ言い放った。


 望んでもいないのに召喚されて、出て行けと命じられた。グズグズして石でもぶつけられないうちに早くシェリーさんの実家にたどり着かねば。


 最後に背後にそびえ建つ王城を振り返って心に刻んだ。もうここには何があっても絶対に来ない、と。



♦︎



 人通りの多い王都の街中をとぼとぼ歩く。浮いた服装の私をジロジロと見る人もいるが、賑やかな都会だからか、知らん顔の人の方が多い。途中、親切そうな人を選んで道を尋ねながら宿屋アウラにたどり着いた。



 宿屋アウラは、上等そうな造りのこぢんまりした宿屋だった。異世界からの招かれ人の世話係に選ばれるくらいだからいいとこのお嬢さんだったのね。しかも性格もいい。私はシェリーさんに関してはとても恵まれてた。


 宿屋の前で客引きをしていた若い女性は、やってきた私の服装を見て少し驚いた顔をしたが「お泊まりですか?」と、愛想良く話しかけてくれた。


「いえ、お客じゃないんです。シェリーさんにここに来れば助けてくれると教えてもらいました」


「ちょ、ちょっとお待ちください。今、旦那様に相談してきます!」


 若い女性はそれだけ言うと中に飛び込んで行き、しばらくして戻ると帳場のような所に案内してくれた。


 お茶とお菓子を出されて恐縮していると、四十代くらいのモーダルさんと言う男性に優しく事情を尋ねられた。モーダルさんはシェリーさんの父親だった。私はそれまであまり感情が動かなかったが、話し出したら堰を切ったように涙が出た。


「なので、なんでもします。こちらで働かせてください。どうかよろしくお願いします」


 しゃくり上げながら事情を話すと、モーダルさんは気の毒そうな顔になってうなずいた。


「お城の人たちの悪口は言いたくありませんが、それはあまりに酷い。どうぞうちでよければ好きなだけいてください。そしてどうかあなたをいきなり呼び寄せたこの国を憎まないでください」


 ああ、なんてありがたい。ありがたくてありがたくて私は何度も頭を下げてお礼を言った。




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