明日は商売していない
翌日から私たちは三人でジェラートを売ることにした。味見をしたポーリーンさんは
「私、お金ならそこそこあります!これを全部買い占めて食べ尽くしたいです!」
と騒いだけど、魔法使いと言えどもそんなことしたら間違いなくおなか壊すって。
「ポーリーン、売るぞ、みんなで」
そうヴィクターになだめられて彼女は渋々私たちと一緒に売りに出た。
「ジェラートいかがですか!今日はミルク、野苺、紅茶味ですよ!味見もどうぞ!温かいお茶もありますよ!」
ジェラートはすっかりこの街に定着した。大きな器を持ってきて持ち帰る人もいた。持ち帰る人にはヴィクターが見えない位置で硬く冷やしてから手渡していた。わかってるわねぇ。
やがてジェラートは売り切れて、お茶がぽつりぽつり売れるようになった頃。
「おかしいわ。こんなに人気のジェラート屋なのに、私たち明日はここで商売してないわ」
とポーリーンさんが言いだした。
「ポーリーン、明日の先見をしたのかい?なんでまた」
「私の先見がきっかけでハルを召喚した以上、私はハルに責任があるもの。毎日翌日の先見くらいするわよ」
ポーリーンさんは真面目な人なのね。
「ポーリーンさん、ありがとうございます」
「お礼など不要です。私は私の先見に誇りを持っておりますので、最後まで見届けるのみです」
「最後って……」
召喚と大災害問題の最後はどうなるんだろう。そこを考えると不安しかないよ。
「ハル、どうした?急に元気がなくなったな」
「そう?なんでもないけど」
「悩みごとがあるなら言ってくれよ」
「大丈夫。ヴィクターは心配性ね」
ポーリーンさんがなんとも言えない顔で私達を見ているのに気がついた。
「え?なんです?」
「あなたたち、いいコンビだわ」
「そ、そうですか?」
「いいコンビよ。いいわね、そんな相棒に出会えて。私もそんな人が欲しかったわ。うっかり二十年も王城で暮らして先見ばかりしていたら、すっかりおばあさんになってしまったわ」
ポーリーンさんが遠い目になった。今、おばあさんて言った?
「おばあさんだなんて!ポーリーンはすごい美人さんなのに。その気になったらいくらでもお相手が見つかりますよ。私の国では三十歳を過ぎてから結婚するなんて普通でしたよ」
「ええ?この国では私の歳で孫がいるのも珍しくないのに。私、あなたの国に召喚してもらいたいわ。相手は何歳でもいいわ。優しい人ならね」
この国は早婚なのだろうけど、三十代で孫が珍しくないのか。そっか。二十五歳で未婚なのに私。
「私の国にポーリーンが来たら、ザバザバ波をかき分けて進まなきゃならないほど男の人が群がると思うわ」
「すてき……」
今日の分を売り切って、そんな軽口を叩く私たちを乗せて馬車はシリルさんの家に向かっている。
「ねえハル、シリルさんは素敵な人よね」
「ポーリーン?もしかして……」
「初めて見た時から素敵な人だと思っているのよ。でも私はこんな髪だし」
「素敵な髪よ!」
「分厚いメガネをかけてるし」
もう我慢できない!この人に自分の魅力に気づいてほしい。
「メガネなんて関係ないわよ!あなたは素敵な女性じゃないの。どうしてそんなに卑屈になるのかしら。私があなたみたいな美貌をもっていたらガンガン男の人に対して攻めるけどなぁ」
ポーリーンさんがなぜかうっとりした目で私を見る。
「なあに?」
「あなたはほんとに優しい人ね」
「それは知ってる。でも今言ったことは本当よ?」
「私にまだ女としての魅力が残ってると思う?」
「思うわよ!ほんとに素敵。ていうか今まさに女盛りだってば。シリルさんだって、ポーリーンのことばっかり見てるじゃないの、ねえ、ヴィクター?」
ヴィクターが慌てた。
「俺に話を持ってくるなよ」
「もう。あのね、シリルさんはポーリーンと会話する時、少しだけカッコつけてるの。あなたに気があるんじゃないかと思うわ」
ポーリーンが両手を頬に当ててホワンとなった。
その夜の食事はシリルさんとポーリーンが昔遊んだボードゲームとやらの話で盛り上がっていた。私とヴィクターは邪魔をしないようにさっさと食べて金の噴水を浴びに裏庭に出た。
「二人が仲良くなれるといいわね」
「ああ」
「ちょっと歳の差はあるけど、ポーリーンはシリルさんみたいな頼りがいのある人と合いそうよね」
「ああ」
ヴィクターが上の空だ。
「なに?どうしたの?」
「ハルは本当は男をガンガン攻めたいのか?」
「あんな美人だったらね」
「今だって十分可愛いだろう」
なんか調子が狂う。ヴィクター、どうしたんだろう。
「……慰めは不要だから」
「慰めてないよ。本当だよ。ハルは男をザバザバかき分けて進むようになりたいのか」
ん?君はどこに引っかかってるんだい?
「私はザバザバは要らないかな。私を育ててくれた両親みたいに仲良しになれる人なら一人で十分」
「育ててくれた?」
「うん。私は生みの親が育てられなくて施設に入れられたのよ。そして子供ができなくて悩んでいた両親に引き取られたの。それなのに私が引き取られたらすぐに弟が立て続けに二人生まれたの。そういうこと、結構あることらしいけどね」
ヴィクターの顔が心配そうになる。
「その、弟と差別されたりとかは?」
「ないない。私は弟たちを引き寄せた福の神だって言われたわ。たくさん可愛がってもらったわよ」
「いい両親なんだな」
「ええ。とってもね。でも弟たちは私が家族に遠慮してるんじゃないかっていつも心配してくれてた」
「弟たちとも仲良しなんだ?」
「うん。遠慮なんかしてないよって、一度ちゃんと伝えようと思って自分の部屋に彼らを招いたの。でもその日にこの世界に来ちゃったから、結局伝えられなかったけどね」
ヴィクターが伏し目になった。
「それは……済まない。いつか必ずハルが元の世界に戻れるように、俺、元の世界にハルを帰すことができるよう研究するから。」
「ありがとう。でも、この世界も好きになってきたから謝る必要はないわ」
「そうか」
「うん!どんな世界も住めば都よ」
金の噴水は話をしている間も私たちに絶え間なく優しく降り注いていた。あんまり気持ちよくて楽しくて、私はポーリーンさんが「明日私達は商売をしていない」と言っていたのをすっかり忘れていた。






