綺麗な人が来た
スローン領でジェラートを売り始めてひと月近くが過ぎた日のこと。片付けて帰ろうとしている時に全然知らない人が私たちのところにやって来た。
「ハル様、ヴィクター!」
赤髪の眼鏡をかけた美人さんだ。全く見覚えのない人だったが相手は私を知っているようだ。
「ええと、どなたですか」
「ハル、俺もびっくりしてるんだけど、こちらは先見魔法使いのポーリーン・レインだ」
「ポーリーンです。ハル様、はじめまして。ヴィクター久しぶり」
ポーリーンさんは落ち着いた赤髪に緑の瞳、分厚い眼鏡をかけているけど目の綺麗な色白の綺麗な顔立ちの人だった。
「探したわ。毎日先見をしまくったの」
「ポーリーンさんは魔法でここがわかったんですね。すごい魔法ですね」
ポーリーンさんはコホン、と咳をして
「ジェラートを売っているのは初日から知っていましたが、場所の特定に手間取りまして」
と恥ずかしそうに告白した。
「それで、どうしてポーリーンがここに来たんだい?仕事はどうした?」
「休みを取ったわ。どうしてもハル様を説得しようと思ったの」
多分私は引きつった顔をしていたと思う。あの召喚の話が、この人の中ではまだバリバリに生きてそうなんだもの。
ヴィクターは私とポーリーンさんの顔を見て少し困った顔をした。板挟みしてごめんよ。
「ポーリーン、大災害は一年以上は先だったな?」
「そうね。一年間は大丈夫。それだけじゃないの。ハル様が……」
「ハルでお願いします」
ポーリーンさんは何度かパチパチと瞬きしてから話を再開した。
「ハルが来てからこの国の未来は二つに分かれたの。豊かな未来と荒廃した未来。これはハルの行動次第でこの国の未来が違ってくるってことだと思うの。なのにあの馬鹿どもがハルを追い出したって聞いたから。居ても立ってもいられなくて、城から抜け出して来ました」
ヴィクターとポーリーンさんが私を見る。いやいや、無理だって。
「あの。ご存知のように私には魔力がありません。大地震や台風、魔物の暴走が起きても私には何もできないんです」
ヴィクターが私の手を取る。なんですか。なんですか!
「先見の魔法に秀でているポーリーンがここまでして来てくれたし、俺も召喚を失敗したとは思ってない。すまないが君の能力を彼女に教えてもいいだろうか」
「いいけど、聖女とは認めないわよ」
「それでもいい。ポーリーン、ハルは魔力が見える。そして俺の攻撃を無効化できる」
ポーリーンさんは両手の先を上品に口に当てて目をまん丸にした。
「ヴィクターは召喚だけでなく全種類の魔法が達者だったはず。それを無効化?」
「ハル、それをあとで実演して見せていいか?」
「うん……」
二人の熱に負けてうんと言ってしまったけど、あれを見せたら大騒ぎされるんだろうな。
♦︎
ポーリーンさんはシリルさんの家まで一緒に来た。彼女はワクワクだ。シリルさんはシリルさんで綺麗なお姉さんが来たせいか、ちょっとおしゃれなシャツに着替えてワインを出してきた。
「シリルさん、夕飯を作る前にちょっと用事を済ませますね」
私がそう言って三人でゾロゾロと裏庭に向かうと、シリルさんもワイングラス片手についてきた。そりゃ見たいよね。自分ちの裏庭で何やるのか知りたいよね。
「じゃあハル、いくよ」
そう言ってヴィクターが次々とアイスランスとやらを私に向かって発動した。驚いたポーリーンさんが悲鳴を、シリルさんが怒声をあげた。
もちろん氷の槍は私を傷つけることなく消えた。それを理解したポーリーンさんは「それがヴィクターの魔法限定なのか私の攻撃も防げるのか知りたい、でも怖い」と言い出した。
「どうぞ。大丈夫だと思います。あと、私は意識して防いでいるのではないんです。勝手に消しちゃうみたい」
「そうなの?では、では……ああっ、やっぱり人に向かってなんて無理!」
崩れ落ちるポーリーンさん。するとヴィクターが「じゃ、見てて。ポーリーンは火魔法を使うつもりだったでしょ?」と言って火の玉をぶつけてきた。パッと消えた火の玉に驚くポーリーンさん。
「消えた……では私も。ファイヤーボール!」
ヴィクターのより小さく遅い火の玉が私の前で消える。やっぱり私は誰の魔法でも消しちゃうのね。なるほど。
「ちょっと、座らせてもらおう。私には刺激が強すぎた」
慌ててヴィクターと私でシリルさんを両側から抱えて家に入った。そしてこの際ついでだと思ってクロを呼んだ。
ポーリーンさんは姿を現したクロを見るなり「ぎゃあああっ!」と絶叫して何かの魔法を使おうとしたが既にヴィクターが準備していて後ろから羽交い締めして止めてくれた。
彼女に落ち着いてもらう間に夕食を作った。
その夜は赤身肉のニンニク生姜焼き、トマトと葉物のサラダ、豆と牛乳の入ったスープにした。クロはずっと私の足元に座っていた。
「食べたことない料理なのに母親の味って思うのはなんでかしら!」
ずっと興奮状態のポーリーンさんに優雅な仕草でワインを注ぐシリルさん。私に対する態度と全然違う。違いすぎていっそ清々しい。
その夜はいろんな興奮で疲れていたポーリーンさんは、ずいぶん酔った。
「あたしの先見は間違ってなかった!やっぱりハル様こそが聖女様なのよ!ざまあみろ、宰相め!ガツガツしてるから聖女様の真実が見えないんだよ!ばーかばーか!」
そう繰り返し叫んでいた。クロはうるさかったのか、いつの間にか消えていた。
やがてシリルさんが自分の部屋に入り、私とヴィクターはもうひとつの客間にポーリーンさんを寝かせてから裏庭の金噴水を浴びながらワインをちびちび飲んだ。
「騒がしかったな、ごめんな」
「ヴィクターが謝らなくていいよ。ポーリーンさんていい人そうだね」
「いい人だよ」
「でもシリルさんの前で私を聖女って呼んじゃってたよ」
「シリルさんは気づいていて知らん顔をしてくれたんだと思うが」
「うん、私もそんな気がした。シリルさんの目がちょっと泳いでたもの」
「もう口に出されちゃったものは仕方ない。口止めしておかなかった俺の手落ちだ」
「それにしてもね、私が魔法を無効にできても、クロを呼び出せても、国を救えるとはとても思えないけど。あのね、ヴィクター」
「ん?」
「あなたやシリルさんや、アウラのみんなや、その他私に優しくしてくれた人のためなら、もしかしたら、そうしなければならないのなら、私は命をかけるかもしれない。最近はそう思うこともあるの。ものすごく怖いけど。でも、お城の偉い人たちのためになんか、頑張りたくない」
「うん……わかった。だけどハル一人に危ないことをさせたりしない。何かと戦うなら俺も一緒だ。俺が全力でハルを守るよ」
ヴィクターはそういうと私の頭をワシャワシャ撫でて家に入った。
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ポーリーンが先見した大災害まであと七ヶ月となった。






