仲良くいこう
夜のうちに作って冷やし固めておいたジェラートを馬車に積み込み、スローン領中心部の繁華街に向かった。
「ハル、いつもの柔らかさまで冷やしておけばいいんだろう?」
「うん。助かる。ヴィクターがいなかったらジェラート屋はできなかったね」
「俺に気を遣わなくていい」
あら。ヴィクターはまだ不機嫌だ。
弟ともこんなことがあったなぁ。私が大学に進学するときに弟二人の学費を考えて、私は志望大学のランクを落として学費と生活費が安く済む地方の大学に進学したのだが。
「なんで?姉ちゃんはあの大学に行きたかったんだろ?なんでその大学にしたんだよ。俺たちのせいか?俺たちのために遠慮したのか?」
きっと、弟は望んでもいない施しをされたような気持ちだったのだろう。違うのに。私は自分の気が済むように行動したのに。あの時、私は何も言わずに大学の寮に入り、そのまま社会人の一人暮らしになって……結局誤解を解かないままこの世界に来てしまった。
後悔は飲み込んだ石みたいに、いつまでも心に残ってチクチクする。
「ヴィクター、今夜ちゃんと話したいことがあるの」
「わかった」
と、気まずく始まったスローン領でのジェラート屋だったけれど、役所で登録料を払って許可をもらって始めたら、売れましたよ。人気でしたよ。
「いらっしゃい!ジェラートはいかがですか。そこのお嬢さん、味見しませんか?冷たくて甘くて美味しいですよ!」
どうせ知り合いなんて一人もいないのだ。声を張り上げて呼び込みをするのだってへっちゃらだ。
「今日はミルク味、りんご味、野いちご味ですよ!そこのお兄さん、味見してみて!」
この世界には味見の習慣が無いのか、皆「味見させてくれるの?」と寄ってきて、ひと口食べると大抵の人は買ってくれる。馬車に積んできた小さな丸椅子を勧めると、座って食べてくれる。食べている人が呼び水となってまた人が寄ってくる。
ダブル盛り、トリプル盛りもどんどん売れる。陽の当たる場所は汗ばむくらいの陽気だから、魔法を使わなければ作ることができない冷たいジェラートは喜ばれた。
「あったかいお茶もありますよー!」
これはジェラートを食べてもらったシリルさんの助言だ。
「私は冷たい物を食べたあと、熱い飲み物が欲しくなるな」と言われて用意した。ジェラートを食べて甘くなった口を洗い流すのにもいい。お茶もよく売れた。
♦︎
シリルさんと三人で夕食を食べたあと、私たちの部屋に戻った。視線を合わさないまま、硬い顔のヴィクター。
「で?話したいことってなんだい?」
「ヴィクターの誤解を解きたいの。私ね、前の世界で弟に誤解されたままなの。その誤解をもう解くことができないのが悲しくて。だから、この世界では、誤解されたままにしたくないの」
「俺が誤解してると言うのか?」
「私はシリルさんと出会えたからヴィクターに自由にしてと言ったんじゃないよ。私のせいでやりたいことを我慢されたら私がつらいから、好きなように行動してほしいと言うつもりだったの」
しばらくヴィクターは黙っていたが、やっと口を開いてくれた。
「俺、最初はハルに償いたかった。召喚したことを申し訳ないと思ってた。その一方でハルにこの国を助けて欲しいとも思ってた。その二つの気持ちは今もある。そして今は、ハルといるのが楽しいんだ。まるで家族みたいで。おふくろに死なれた時、俺はまだ六歳で、それからずっと生きていくのに精一杯で」
「うん」
「魔法では誰にも負けない、誰にも足を引っ張らせない、そんなことばかり考えて生きてきたから。俺の体のことを心配してくれたり、魔法使いではなく普通の人間として見てくれるハルは、母親以来の存在なんだよ」
「わかった。これからはハルお姉ちゃんと呼んでも良くってよ」
ふざけて目をパチパチしながら言ったらヴィクターが笑った。
「やめい!お姉ちゃんなんて呼ばないからな。それで、俺は俺を頼りにしないハルに少し腹が立ったんだ。俺がいなくても生きていけるんだなって。俺は城勤めをクビになって以来、ハルにすごく救われてるのにって。勝手なのは俺だな。悪かった」
「明日からまた仲良くできる?」
「ああ。仲良くいこう」
「またジェラートを冷やすのを手伝ってもらっても?」
「ああ。少しは俺を頼ってくれ」
そのあと、スッキリしたらしいヴィクターは間仕切りのシーツカーテンの向こうで眠ったらしく、身じろぎする音もしなかった。
私は……ヴィクターの「この国を救ってほしい」という言葉がグルグルしていた。彼は今もまだ自分の行った召喚を成功だと思っているのね。
私が大災害からこの国を救う?……それはないよ。
私はヴィクターとずっと仲良くしていたいけど、いつか別の道を進む日が来るとしたらこの件が原因になるだろうと思う。
この国における大災害って何よ?
私がどうすればいいのよ?
ふと思い出す宰相の言葉。私のことを勝手に呼んでおいて役立たずとわかったら「おまえ」と呼んで放り出した人。それを誰も止めなかった王城の人たち。私に用意された部屋のガランとした様子。笑っちゃうくらい勝手な人たち。
あんな人たちのために命がけで何かする気なんてない。
でも、シェリーさんのためなら?
宿屋アウラのみんなのためなら?
シリルさんのためなら?
宿屋スイングバードのおじいちゃんおばあちゃんのためなら?
あの人たちを見捨てて後悔しないで生きていける?
そもそも私は大災害を生き延びられる?
今は答えが出せなかった。なかなか眠れなくて、そっとクロを呼んだ。
「クロ、いる?」
「にゃ」
横を向いて寝ている私のおなかの辺りに重さを感じた。目をやると、そこにクロがいた。
「この国に大災害なんて起きるの?」
「にゃ」
「クロは知ってるの?」
「にゃ」
魔猫に聞いても仕方ないか。
「私一人でどうにかできるものなの?」
「にゃむにゃっ」
「ヴィクターと一緒ならなんとかできる?」
「にゃむにゃっ」
「お城の人たちのためには頑張れないよ」
「にゃっ」
鳴き方が違うのは偶然よね。
「クロ、私が困っている時は助けてね?」
「にゃ」
「クロ、おなか空いてない?」
「にゃむにゃっ」
「今度何か作ってあげるからね」
「にゃっ」
クロを抱いて滑らかな毛皮を撫でていたら眠ってしまった。






