先見魔法使いポーリーンの誇り
王城の一室で先見魔法使いのポーリーン・レインは思い悩んでいた。
先見魔法に秀でた才能を見出されて王城に勤めてから二十年近く。三十代の今に至るまでこんなに先見のことで苦しんだことはなかった。
今までは作物の収穫量や流行り風邪がどの程度流行るか、夏の雨量などを占っていれば済んでいた。
それらも大切なことだったが、今回は違った。国の存亡に関わるほどの大災害を先見してしまったのだ。
最初は見間違いかと何度も繰り返したが、何度先見をしても『大災害が起きる』と出る。自分の胸に収めておけるわけもなく、魔法師隊隊長のブレント・ベインズに報告した。そしてそこからポーリーンの生活は激変した。
「もっと詳しく先見をせよ」
「解決策を先見せよ」
「いったい時期はいつなんだ」
「大災害を回避する方法はないのか」
攻撃を得意とする魔法使いの男たちがいろいろ言ってくる。古来からの習慣で「先見様」などと一応敬称をつけて呼んでくれるが、彼らが先見魔法使いのことを「見るだけの魔法使い」「結局最後は俺たちに丸投げ」と見下していることは知っている。
(こいつら攻撃魔法はすごいけど、先見のことを全然わかってない)とポーリーンは腹を立てた。しかし腹を立てたところで気の小さい自分は口に出して文句を言えるはずもない。分厚いレンズの眼鏡の奥で目をパチパチさせて下を向き「もう一度先見してみます」と返事するのがやっとだった。
カールのきつい赤毛を後ろでひとつに縛り、落ちてきた眼鏡の位置を直してポーリーンは毎日先見を繰り返した。
先見する未来は編み物のように多方向の事象と繋がっている。例えて言えば長い廊下に敷かれている編み物のカーペットのような物だ。
決まった時期と場所が、わかっていれば先見するのは比較的簡単で、網目の数を指定して探せばその時点の編み物の模様や使われた色を言い当てることができる
ところが半年前、暇なときに時間を指定しないで先見をしたら「王国の未来」というカーペットの先がボロボロになって途切れているのを見てしまった。
それがどのくらい先のことかなんて、一朝一夕にわかるわけがない。ひたすら網目を数えあげなければならないのだから。なのに攻撃魔法第一主義の男たちは「一年以上は先です」と答えると「何月何日だ?はっきりさせろ」とぬかす。
網目を数える根気のいる作業をしているときに「解決策は?」などと言い出す。どちらの先見を優先すべきか尋ねると「どっちもやれ、さっさとやれ」と言う。
(そんなにいっぺんにできるか!ばかたれが!後継者となる先見の魔法使いを採用してくれと頼んでいるのに、自分たち攻撃魔法の仲間の採用を優先させて先見魔法使いを採用させなかったのはお前らだろうが!おかげで私一人で何もかもやらなくちゃならないのに!)
心の中で毒づきつつ、それでもポーリーンはこつこつと先見を繰り返し、どのような災害が起きるかはわからないものの、救ってくれる人物を召喚することが鍵であることを読み取った。
なのに、である。
ここ数十年で最高の召喚師と言われたヴィクターが召喚したのは魔力無しの女性だった。
鑑定魔法では国一番のウーディワ様がそう断言したのだから魔力無しなのは間違いないだろう。偉い男たちの落胆は凄まじかったが、ポーリーンの先見の結果は違っていた。
聖女召喚に失敗したはずなのに、その日からこの国に二つの未来が生まれたのだ。豊かに繁栄するホルダール王国と、国内が荒廃し人々が疲弊しているホルダール王国。
どういうことか理解できず、すぐにそれを宰相に知らせるのもためらわれた。
グズグズと悩んで同じ結果の先見を繰り返しているうちに「召喚した若い女性を宰相が着の身着のままで城から追い出した」と聞いた。教えてくれたのはポーリーン直属の下働きの少女サンディである。彼女は聖女の世話係だったシェリーと仲が良いのだ。
「な、なんですって?追い出しちゃったの?せっかくヴィクターが全魔力を使って召喚したのに?」
「はい。ヴィクター様が意識を失って寝込んでいる間に。しかもヴィクター様は退職させられたそうです。表向きは体を壊したからと言うことになっていますが、みんな召喚失敗の責任を取らされたんだと言ってます。今は別の召喚師が召喚に挑戦していますが、上手くいってないみたいです」
サンディの情報収集能力はたいしたものね、とポーリーンは感心した。
「何故そんなに事を急いだのかしら。馬鹿どもが!」
「ポーリーン様?」
今聞いた情報を踏まえてもう一度先見をすれば、二つあった未来のうち、荒廃した悲惨な未来が少しだけはっきりしていて、豊かな未来は少しぼんやりと霞んでいた。
「これはこうしちゃいられないわ。やはり召喚は成功していたんだわ。彼女を追い出しちゃいけなかったのよ!」
ポーリーンは隊長ブレント・ベインズの元に走って二つの未来のことを報告したが、ブレントはそれを先見が中途半端だと判断したらしい。
「どちらが正しいのかはっきりするまでは、二つの未来の話は誰にも言ってはいけない。これ以上上層部を混乱させるわけにいかないのだ」
と言う。
中途半端な先見ではなく、どちらに転ぶかわからない不安定な未来だと訴えたが却下された。ブレントはとても疲れた顔をしていた。
ポーリーン・レインは困惑した。
「どうしよう。このままだとこの国は大災害で荒廃してしまうじゃないの」
上役であるブレントの判断に逆らえば職を失うかもしれない。しかしポーリーンは自分の先見の能力に誠実に生きてきた。幼い頃から先見を外したことがないのがポーリーンの心を支えている。
いま、自分だけが知っている未来を見なかったことにすれば、自分で自分の誇りを踏みにじることになると思った。
「どんなに馬鹿にされても見下されても私は先見の誇りを失わないで生きてきたのに」
しばらく考えてポーリーンは召喚されて捨てられた女性「ハル・アユカワ」をどうにかして探し出そうと決意した。






