鑑定
翌日、目が覚めると部屋の隅から声がかけられた。
「ハル様、おはようございます。お着替えをお手伝いいたします」
「シェリーさん、おはようございます。着替えはどこに?」
シェリーさんが「こちらに」と開いた扉の中は東京の手狭なワンルームマンションくらい広かった。そこにたくさんのドレス、靴、帽子、アクセサリーなどが収められていた。
「私のサイズなんて誰も知らないでしょうに。サイズが合うといいのですが」
「昨日お着替えを手伝った者がおおよそのサイズを把握しております。おそらく大丈夫かと」
差し出されたベビーブルーのドレスを着てみたらピッタリだった。靴もピッタリ。恐るべし王宮の侍女。プロフェッショナルだわ。
早く事情を詳しく知りたいし人違いの説明をしたいと言う私に、笑顔を見せながらシェリーさんが朝食を並べる。廊下にスタンバイしてたらしいワゴンから熱々の紅茶、牛乳、プラムみたいな果物、丸いパン、半熟ゆで卵、茹でた薄切り肉、バターが並べられた。
「いただきます」
どうやら「いただきます」はこちらの習慣には無いらしく「ん?」みたいに小首をかしげられたが、食事はどれも新鮮で、ミルクは濃厚で、紅茶は香り高くて、とても美味しかった。
満腹して「さあ、どなたか事情のわかる方とお話を」とシェリーさんに詰め寄って、やっと宰相のベネディクト・ファラーさんと言う人と面会ができた。
そこは全体的に暗い色調の広い部屋で、大きな執務机の向こう側に宰相ベネディクトさんが座っていた。座るよう言われた椅子は暗い色調の織物が使われていて、背もたれが高く、なんだか全体的に深海の底みたいな部屋だった。
宰相のベネディクトさんは目だけは笑わない怖い笑顔のあの人だ。
「ハル様。お疲れではありませんか?そうですか、大丈夫ですか。それなら結構。で、話したいこととは何でしょうか」
部屋が深海の底なら宰相は深海魚だ。鋭い目つき。隙のない身体の動き。声も低い。
「全てです。なぜ私がここに呼ばれて何を求められているのか。それはいつまでなのか。どうなったら元の世界に帰ることができるのか。知りたいことがたくさんあります」
宰相は水色の目でじっと私を見つめながら話を聞いていたが、私が口を閉じると濃い茶色の髪を一度撫でつけてから説明をしてくれた。
「先見の魔法使いがしばらく前に大災害を予見しました。その者の先見は外れたことが一度もありません。それによると国の運命を左右する規模の災害だそうです。そしてそれを防ぐ女性を召喚すべし、と」
「でも私にはそんなすごい力はありません」
「いいえ。先見の魔法使いは黒い目に黒髪の乙女が召喚されると断言しておりました。まさにハル様です。あなたはご自分の力をまだ知らないだけなのです。本日そのお力を読み取る者を呼んでおりますので、どうぞご安心ください」
「では私がその災害を防げたら元の世界に帰してもらえるのですね?」
パワハラ部長によく似た雰囲気の宰相は嘘くさい笑みを深くした。
「そうなるように互いに努力するのが肝心ですよ」
と深海魚は言質を与えるようなことは一切言わない。
これは……戻れないんじゃなかろうか。不安で胸が締め付けられる。
やがて別室に案内されると、白髪の老女が入って来た。白髪の老女は恭しくお辞儀をして私に彼女の前の椅子に座るよう勧めてきた。
すぐに重鎮らしい人たちも入ってきて、皆が目をキラキラさせている。
「鑑定魔法師のウーディワでございます。本日はハル様のお力を鑑定させていただきます」
そう言って二人の間にある小さな丸いテーブルに一枚の石の深皿のような物を箱から出した。そしてその皿の上に左手をかざし、右手を自分の胸に当ててブツブツと何かを唱える。
するとシェリーさんの時と同じように皿の上にかざしている手のひらから金色の小さな星が溢れるように生まれ出て、皿には水が湧き出した。
目の前で起きている現象に見入っていると、皿の真ん中にぽつりと生まれた水はみるみる量を増やし、あっという間に深皿の縁までいっぱいになった。すごい。どこから出てきたのこれ。
「さあ、この皿に手をかざしてくだされ」
老婆の魔法使いに声をかけられて我に返った。慌てて右手を水の入った皿にかざす。もちろん金色の星なんて出てこない。ウーディワさんがカッと目を見開く。
「これは……。ハル様、今度は左手を」
「はい」
左手を皿にかざす私。すると宰相が我慢できず、という様子で声をかけた。
「どうだ、ウーディワ。何が見えるのだ」
ウーディワさんはシワの多い顔を情けなさそうな表情にして答えた。
「宰相様、驚くことに何も。この方は一切の魔力を持ち合わせていません」
「そ、そんなはずはない。召喚は成功したのだ。もう一度調べよ!」
わたしは何度も何度も手を替えて調べられた。
「間違いはございません。ハル様には魔力が全くありません」
だから言ったじゃん!と振り返ると、深海魚似の宰相は私のことを『目で殺す!』と言わんばかりに睨んでいた。
は?
は?