塩肉じゃがとアクアパッツァもどき
「食料庫にあるものは何でも使っていいぞ」
「ありがとうございます。お口に合うものが作れるといいのですが」
私は台所で夕食を作っている。つむじ風情報を得られなかったのは残念だけど、この国に来て初めての料理だ。料理するのは久しぶりでワクワクする。
サツマイモ色だけど切るとジャガイモみたいな芋、にんじん、ネギ、ニンニク、生姜、豚肉みたいな肉がある。肉じゃが作っちゃおうか?塩味になるけど私が食べたい。
どうやらシリルさんはわりと裕福な暮らしのようだから、遠慮しないで食材を使っていいのかな?でも一応確認しよう。
「シリルさん、この食材は何日分かしら」
「足りなくなったら買い足せばいい。好きなように使いなさい」
うん、やっぱりお金持ちっぽい。
干し魚も干した二枚貝もある。塩がきつそうだけど、ワインで戻してアクアパッツァもどきができないかな。庭にトマトみたいな植物もあったな。オリーブオイルはあるし、白ワインは……あるある。
部屋に戻って来たヴィクターは湯あたりでもしたかのようにボーッと座っている。
まあ、そうでなくても彼に料理の手伝いは期待してない。きっと今まで魔法一筋でやってきたんだろうし。その点シリルさんはプロの独身らしく、私の料理を見物しながら野菜を洗ったり剥いた皮を捨てたりとやることにそつがない。今は私の隣で野菜の即席漬けみたいなものを作っている。
作った料理を全部テーブルに並べてワインも開けて、食事を始めた。
「うまい。ハルは料理が上手なんだね」
「料理は大好きです。その時ある材料で適当に作る庶民の料理だけですけど」
「美味しいよ。俺、知らなかったよ、ハルがこんなに料理が上手だなんて」
「ん?お前さんたちは夫婦じゃないのか」
「あ」「あ」
「ハッハッハ、まあいいさ」
三人の食事は楽しかった。塩肉じゃがもアクアパッツァもどきも美味しかった。久しぶりの馴染みのある料理だ。
シリルさんは魔法使いではないそうで「魔法使いだったら金の粉の話も信じてもらえたんだろうがな」と悔しそうだった。
それを慰めるために宿屋アウラの仲間達の楽しい話題をあれこれ持ち出した。シリルさんもヴィクターも笑ってくれた。楽しくって、ワインをお代わりして、私は結構酔った。酔って口が軽くなっていた。
「あ、そういえばこの世界にネズミはいますか?」
シーンとした。
「この世界?どういう意味だ?」
「間違えたわ。この国にってこと」
「この国?ハルは異国の出身か?どこの国だね?」
ヴィクターが無言で肉じゃがを食べている。きっとどう誤魔化すかを猛烈に考えているのだろう。
私の馬鹿さ加減に怒ったかな。他の国の名前をひとつも知らない私は何も言えなかった。シリルさんに突っ込んだことを聞かれたら余計に墓穴を掘るのは見えてる。
「どうやら君たちはたくさんの秘密を抱えているらしいな」
「ごめんなさい。話せないの。知ったらあなたにも迷惑がかかるかもしれないし。あ、犯罪者じゃないから、そこは安心してください。むしろ私達は被害者側です」
「ああ、いい、いい。私は気のいい旅の二人連れと楽しく夕食を共にしただけだ」
と言ってくれた。
そこでシリルさんが急にいたずらっ子みたいな顔になった。
「それでネズミだったか。いるさ。なかなかやっかいだな」
「それを退治してくれる動物は何が一番役に立ちます?」
「そりゃイエトカゲだろう?」
「そ、そうですよね、イエトカゲですよね。当たり前でしたね」
そこでヴィクターが「はあああ」とため息をついた。
「シリルさん、ハルをからかうのはやめてください」
「えっ?」
どういうこと?と驚いてシリルさんを見るといたずらを叱られた子供みたいに首をすくめていて、ヴィクターが説明してくれた。
「ハル、イエトカゲなんて動物はいないよ。ネズミを退治するのは家猫さ」
「そ、そうだよね、猫だよね」
ちょっとしょんぼりしたシリルさんが突然頭を下げた。
「調子に乗りすぎたな。すまない。あんまり楽しくてな。金の魔力のことで子供の頃からずっと嘘つきだの頭がおかしいだの言われてきたんだ。おかげですっかり人嫌いになってな。仕事以外は人と関わらずに暮らしてきた私だ。初めて仲間ができたような気がしてはしゃいでしまった。許してくれるかい?」
「うん、平気。私も楽しいし。それにシリルさんは信用できそうだし」
ヴィクターが軽くため息をついた。
「ハルをからかった私が言うのもなんだが、ヴィクター、連れの女性がこんなお人好しだと心配だろう」
「まあ、そうですね」
「えええ?そうなの?私、迷惑かけてる?」
ヴィクターが苦笑して首を横に振った。
「ハルと一緒にいると、毎日が刺激的で楽しい。お人好しなところも含めて俺には何もかも新鮮だよ。こんな人がいるんだなって」
「酔ってるからいまひとつ理解できないけど、なんか私、すごく褒められてる?」
シリルさんとヴィクターが同時に「プッ」と吹き出した。よくわかんないけど、楽しそうだから、まあいいか。
「それでその、気づいてるのに黙ってるのは気が引けるから言うが、ヴィクターは魔法使いだろう?大地の魔力を浴びてるとき、魔力持ちとそうでない人では金色の粉の動きが少し違うんだ。君の体にどんどん吸い込まれて行く様子は魔力持ちのパターンだったよ」
「バレてましたか。ええ、俺は魔法使いです。職場でいろいろあって、今は職無しですがね。でも、この生活もなかなか楽しいですよ。ハルのおかげです」
「楽しいよねえ。ねえ、ヴィクター、またあの青い小鳥を出してよ。いいよねえ、魔法使いは。寂しいときはいつでも小鳥を出せるんだもの。私もクロを自由に出せたらいいのにな。クロに会いたいな」
ヴィクターの顔がハッ!とするのと『にゃあん』と足元で鳴き声がしたのは同時だった。