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建築家シリル・カミン

 満腹になって宿に帰る途中の広場に小さな噴水があった。その噴水は金の粉を水と共に噴き上げていた。

 暗くなり始めた広場の中で金の粉はキラキラ光り、ひときわ美しかった。


「ヴィクター、この噴水も」

「湧いてるのか?」


「うん。水と一緒に噴き出してる。絶対にこれ、金の粉のことをわかっていて造ってるわよ。噴水を作った人は見える人のはず。女神像もそうだったし、きっと私以外にも見える人はいるんだと思う」


「時間はあるんだ、調べてみるか」

「うん!」



♦︎


 私達は翌朝一番に役所に行った。受付の人に噴水の設計者は誰か尋ねた。


「噴水を作った人ですか?」

「はい。工事した人ではなく噴水の位置を決めた人です」


 役所の建築課の受付の男性が不思議そうな顔になる。


「素敵な噴水だなって感心したので、ぜひあれを作った人のことを知りたいんです」

「なるほど。少々お待ち下さい」


 やがて役所の人が書類を片手に戻ってきた。


「シリル・カミンさんです」

「どこに住んでいるかわかりますか?」

「ご用件は?」

「仕事の依頼ができないかと思いまして」


 ヴィクターがシャラっと嘘をついた。私はウンウンと首を縦に振った。係の人は「一応念のために」と言って私たちの名前を控えてからシリルさんの住所を教えてくれた。



♦︎



 シリル・カミンの家はスローン領の森の手前にあった。他に家はなく、木造のこぢんまりした家でスッキリした印象の家だった。


 街道に立って家を眺めていたら玄関ドアが開いて声をかけられた。


「何かご用ですか?」

「こんにちは。私たち、広場の噴水を見てやって来ました」


 するとシリルさんが急いでやって来た。


「広場の噴水ですか。何の変哲もない普通の噴水だと思いますが?」


「デザインは普通ですけど、金色の粉が水と一緒に吹き出してました」


「おいハル!」


 いや、ここは隠してる場合じゃないと思う。


「なんと!なんとなんとなんと!もう諦めていたのに。生きてる間にあれが見える人に出会えるとは。ああ、神よ。感謝いたします!」


 五十歳くらいと思われるシリルさんは手を引くようにして私たちを家の中に招き入れてくれた。そして根掘り葉掘り金の粉はどう見えているか尋ねられた。


 だから私は出来る限り詳しく今まで見てきた金の粉のことを説明した。


「同じだ。全く同じだ。私は狂ってなどいなかった!ああ、私の母に聞かせてやりたい。母は死ぬ間際まで私のことを心配していたんだ」


 シリルさんは次第に涙ぐみ、最後は顔を両手で隠すようにして泣き出した。


「シリルさん。あなたは狂ってなんかいませんよ。私にははっきり見えます。今まで誰も信じてくれる人がいなくて寂しかったですね」


 ウンウンとうなずいてシリルさんはしばらく顔を覆ったままだった。気持ちが少しわかる。私の場合は召喚されたこともあってヴィクターが信じてくれたけれど、周りに誰一人自分が見たものを信じてくれなかったらどれだけ不安になるだろうか。自分がおかしいのかと疑いだすのもわかる。



「私はあの粉を浴びると元気になる気がするのですが、シリルさんはそんな経験はありますか?」


 すると「ふふふ」と笑ってシリルさんは私たちを裏庭に案内してくれた。


「わぁ……」

 

 裏庭の真ん中、石を組み合わせた小さな噴水の中心から勢いよく金の粉だけが噴き上がっていた。許可を得て私はヴィクターの手を引いてその隣に置いてある椅子に座らせた。ヴィクターはおとなしく座ってくれた。ヴィクターの全身に金の粉が大量に降り注ぐ。


「これがあったから家をここに建てたんだ。君は病気なのか?」

「まあ、そんなようなものです」

「そうか。ゆっくり浴びるといい」


 やがて落ち着いたらしいシリルさんは

「お茶を淹れよう」

と立ち上がった。


「私も手伝います。ヴィクターはそこにいて。ねえシリルさん、王都の宿屋アウラに行ったことないですか?」


 またシリルさんがぎょっとする。

 あ、シリルさんが置いたね?女神像。


「あの祠は私が作った」

「やっぱり」


「女神像に祈りを捧げるたびにあの宿の人たちが粉を浴びられるようにしたんだよ。二十年近く前のことだ。宿屋の人間がみんな気のいい連中だったからな」


「今のご主人のモーダルさんもいい人でした。従業員の皆さんも」

「子は親を見て育つというからな。ああ、すまんが、茶菓子はないんだ」

「いいんです。お茶とおしゃべりで十分です」


 ヴィクターはなんだか恍惚とした表情で椅子に座っていた。「お茶が入ったよ」と言っても「あと少し」と言って動かない。露天風呂に入ってるかのような恍惚具合だ。


「彼の病気はよほど悪いのかい?」

「だいぶ良くなったとは言ってるけど。ごめんなさい、あまり詳しいことは言えないの」

「そんなことは気にしなくていい。触れられたくないことなんぞ、私は山ほどある」


 そうだね。それは私も同じだ。


「私、シリルさんに初めて会ったのに初めての気がしないの。不思議です」

「私もだよ。なんだか長い付き合いのように思える」


 つむじ風のことを話したい。

 見える人と語り合いたい。

 でも、どうしよう。


「少し待っててください」と断ってヴィクターのところに走った。


「ねえ、つむじ風のことをシリルさんに話したい。何かわかるかもしれないし」

「ああ、いいと思うよ。あの人は見えるんだから隠す必要がないだろ」

「そうよね?そうよね!」


 走って室内に戻りシリルさんの向かいの椅子に腰をおろした。


「シリルさん、私、ハートフィールドで風を起こさないつむじ風を二回見たの。そのうちの一回はここの領主様が巻き込まれたの。そのつむじ風が魔力を持っている人に近寄ると、その人の全身からブワッと金色の粉が噴き出してその人は魔力欠乏の状態になるの。そのあと、つむじ風は金色の柱みたいになって空に昇って消えたのよ」


「それはまた不思議な話だな……。だが、残念ながら私はそんなつむじ風は見たことがないよ。役に立たなくてすまないね」


「そうですか」

 そう都合よく謎は解決しないか。


「なあ、君たちは今夜ここで夕食を食べるわけにはいかないのかい?まだまだ話したいことがある。人生はいつ何があるかわからないから、話せるときに話しておくってのが私のモットーなんだが」


「嬉しい!実は私もそうできたらなって思ってたの。あ、料理は私がやりますから」

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