二人旅
コンラッドさんの領地まで馬で行く手段として、馬を一頭買った。この街にまた戻ることになったら買い取ってくれるそうだ。
人生初の乗馬となったが、二人乗りは体が密着するね。私が前でヴィクターが後ろなんだけど、男性と触れ合うことのなかった私なので緊張する。
朝早く宿を出て、二時間ごとに休憩を取る。時間は太陽の位置でだいたい把握する。馬は大人しく、意外に楽しめる。
「ハルはこの世界でやりたいこと、なにかあるか?あるなら俺、付き合うぞ」
「やりたいことなら今やってるわ。楽しく暮らしてる。だからあんまり気を遣わないでよ」
「そうか……それならいいんだ」
馬は小川で水を飲み、辺りの草を食んでいる。こんな暮らしもあるんだな。まるで御伽噺の世界だ。魔法もあるし。でも人間は……同じだね。パワハラな人もいれば優しい人もいる。それなら私は私らしく前向きに生きればいいや。前の世界を恋しがっても戻れないなら仕方ない。この世界の良いところを見るようにしよう。
「どうした?考え事か?」
ヴィクターの明るい茶色の目が私を見つめていた。
「出てくる時に宿の奥さんに傷薬を貰ったの。前の世界と今の世界、違いはたくさんあるけど、人間は同じだなって。嫌な人もいるけど、いい人もいる。ヴィクターは頼りになるし」
ヴィクターは何も言わずに小川を見ている。
「これでヴィクターがいなかったら、どれだけつらい日々だったことか」
ヴィクターはまた無言。召喚は成功って、まだ思ってるのかな。そこ、触れない方がいいんだろうな。
「そうだ、大事なことを話しておかなきゃ。私が魔力を見えることは人に言わない方がいいよね?」
「そうだな。それと、俺が元王城勤めの召喚師だったことも」
「私たちが逃げてることも」
「そうだな」
休憩を終えてまた馬に乗る。
「ヴィクター」
「なんだい」
「いつもありがとうね」
ヴィクターはまた何も言わない。
私の本音を言えば「無理してない?迷惑じゃない?私がお荷物じゃない?」と聞きたいが、それは「そんなことない」という言葉を要求してるのと同じだから聞かない。
「何を考えてる?」
「ヴィクター、いつでもヴィクターは自分を第一に考えて行動してね。私のために我慢や無理はしないでね」
「いや、俺はハルを召喚した責任がある。ハルを守るのは俺の役目だと思っているが」
「それはありがたいけど、ヴィクター、自分のことを大事にしてよ。って、あれ?金色の粉がたくさん湧き出てる」
「どこだ」
「あの大木の根本。何箇所も噴き出してる」
「降りるか?」
「うん!」
大木の周りは分厚く草が生えていて、やはり大地の魔力が効いてるように見えた。湧き水のようにこんこんと噴き出ている金色の粉が美しい。
「ヴィクター、ここに座って」
「ここから湧いてるのか?」
「うん」
私も別の湧き水ならぬ湧き魔力ポイントに腰を下ろす。手のひらで受け止めたりすくったりして遊ぶ。いいわぁ。くつろぐわぁ。
と、突然ヴィクターの体に力が入った。身振りで「静かに」と合図している。
カサリカサリ、と草を踏む音。魔物?魔物なの?ヴィクターのアイスなんちゃらでやっつけられるよね?
「にゃあーん」
ヴィクターが立ち上がり魔法発動の準備をする。
「待ってヴィクター、猫だよね?」
「猫?」
互いに『?』を飛ばしあっていたら黒猫が姿を現した。
「ほらやっぱり猫だよ。猫ちゃんおいで!」
「ハル!」
「にゃあぁん」
「おぉよしよし。いい子ね。おいで」
大柄な黒猫はゴォロゴォロと喉を鳴らして私に近寄ろうとするがヴィクターが剣を構えているので近寄れないでいる。
「もう、やめてよヴィクター。猫じゃん!」
「はっ?それは魔物だ。見てわかるだろうが!」
「どこからどう見ても猫でしょうが」
私は黒猫の前に人差し指を差し出す。黒猫はスンスンと匂いを嗅ぎ、ヒゲが生えているぷっくりしてる場所をグリグリとこすりつけてきた。
「よしよし。嫌なおじちゃんだねぇ。怖がらせてごめんねぇ」
「誰がおじちゃんだ。それにそいつは魔物だ!」
私は黒猫を抱き上げ、猫と私の四つの非難の目で見上げた。ヴィクターが攻撃の姿勢をやめたので猫を抱き直して体を優しく撫でた。
「ん?」
背中に何かゴリゴリするものが。なんだろこれ。指で摘んだら、セミの羽のような薄く黒い羽が折りたたまれていた。
「あ……ヴィクターごめん。やっぱりこれ猫じゃなかったわ」
「だからっ。離れろ。危ない」
「ええ?大丈夫そうよ?」
「にゃあん」
「ほらね?」
猫風の動物は私の手にスリスリと頭をすりつけて甘えている。
「可愛いじゃない」
「ハル、いくらなんでも魔物を手懐けてどうするんだよ」
「ナーン!」
黒猫風魔物が抗議の声で鳴いた。